ロズウエル事件

79368831907469095ecce80b89f3608aニューメキシコには何の変哲もないロズウエルという小さな町があります。しかし、この町は知る人ぞ知るロズウエル事件が起きた場所なのです。そう、そこは世界で一番有名なUFOの町なのです(映画にもなっています)。

詳細は上記のリンクを見ていただければと思いますが、そう言われてみれば町のあちこちに緑色のエイリアンがいました。

町の目抜き通りにはUFO博物館なるものもあり、話の種になればと立ち寄って、当時の事件のタイムライン等の説明を見て回りました。全米のみならず、世界中から訪問客が来ているようで、その日もなかなかの盛況。さすがにエイリアン饅頭とかエイリアン団扇なるものは売られていませんでしたが、このようなことは箱根もロズウエルも同じで、エイリアンに便乗しようという町の人達のしたたかさを感じました(人間はたくましい)。

この事件が起きたという1947年7月、ロズウエルに住んでいた子供達の夏休みが退屈ではなかったということ、これだけは確かなようです。

マック

追伸:今、UFOなるものが飛んでいたら、直後にソシャルメディアにアップされるでしょうね。でもそんな映像、見たことないなー(笑)。少なくとも政府が隠蔽することなどはできないですね。

 

 

 

人の世界

コロラドの州境にあるタオスという小さな町。ここにはタオス・プエブロという世界遺産があります。1000年以上、使用されてきたネイティブ・アメリカンのブエブロ族の住居です。今日のマンションの発祥の地です(笑)。

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この様式の住居はニューメキシコのいたるところで見られます(新築であっても、このような家が建てられています)。この外壁はこの土地の土から造られているので、家と大地の色が同じで独特の雰囲気があります(完璧なエコ住宅ですね)。青空と雄大な雲をバックにこの茶色がはえます。そして軒先にかけられた赤唐辛子の赤、ドアの青がまた際立って最高です(ブエブロ族にはアートのギフトが与えられているのでしょうか)。

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2016-07-22 14.29.17今でもこの世界遺産に住んでいる方達がおり、生活の営みがなされていました。この度は「白い世界」、「深い世界」、そしてこの「人の世界」を見てきましたが、どこも他にはないユニークなものを持ち合わせており、収穫の多い旅行となりました。当地にはあちこちに温泉も湧いており、次回は温泉郷ツアーを企画したいものです。

マック

追伸:それにしても暑かった。ここに来る途中、華氏115度、摂氏にすると46度というのを体験しました。これでカラカラに乾燥しているから水分をとらないと危険です。

深い世界

テキサス州の州境にその洞窟(鍾乳洞)、カールスバッド洞窟群国立公園はあります。以下の写真はそのビジターセンターにある模型ですが、左端上にあるのがビジターセンターで、そこから垂直に立っている透明の筒がなんと全長230メートルのエレベ-ター!そう、その洞窟は地下230メートルにあるのです(こんな深き所に生まれて初めて下りました!)。

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度肝を抜かれるというのは、こういうことを言うのでしょう、何がすごいってその洞窟の大きさがすごい。私達はその名の通りビッグルームという洞窟の一部を今日、歩いたのですが、それがなんとその高さ80メートル、サッカーフィールドが14面も入るような巨大な空間!。これ、地上ではなくて地下230メートルですよ!

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そして、今のシーズン、この洞窟の穴から夕暮れになると50万匹のこうもりが毎日、外に飛んでいくのです。今日、観させていただいたものの広さ、深さ、数、全てにおいて自分の想像を超えた世界遺産でした。

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マック

追伸:洞窟内での写真は自分に技術がなく、またコウモリの光景は写真撮影が禁じられていましたので、お借りしています。

白い世界

この度のサバティカルはずっとサンデイェゴにいようと考えていたのですが、ある日、何気なく某国内航空会社のサイトを見ていたら、貯めてきたマイレージで五人で行くことができる場所があり(目を疑うほど少ないマイレージでした)、急きょ、ニューメキシコ州、アルバーカーキーに飛びました。

さてさて、ニューメキシコには何があるのでしょうか。グランドキャニオンやヨセミテは有名です。これらのメジャー級の国立公園に比べて、ここはそれほど知られてはいませんが、ここには他では見ることができないものがあり、私達は2004年に幼い子供達を連れて来たことがあります。

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DSC00032ここにいたるまで荒野を延々とはしりますと、彼方に白いものが見えてきます。さらに先に進みますと、それはまさしく白銀の世界、といいましても、それは全て真っ白な石灰の砂なのです(東京都の三分の一の大きさ!!)。まさしく地平線の彼方まで白、白、白・・・。このような地球らしからぬ絶景を見ることができるのはおそらくここ、ホワイトサンズだけではないでしょうか(NM観光局の回し者か!)。

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2016-09-16 16.42.122016-07-19 20.11.372016-07-19 20.08.03空からここを眺めれば、すなわち「神のカンバス」として地球を眺めるのなら、ここは茶色の中に一滴落とされた白ペンキのようなところなのでしょう。そんな神様のプレイグランドで心の洗濯をしました。

マック

 

イスラエル紀行(その5):演出

IMG_1267聖書は神と人(主にイスラエルの民(ユダヤ人))との物語で、その舞台となりました場所はヨーロッパ大陸、アフリカ大陸、そしてユーラシア大陸の接点となる猫の額ほどの土地でした(今日のイスラエルの大きさもニュージャージー州ほどしかありません)。

その場所に行って身をもって知ったことは神様がこの小さな土地の特性を十分に生かしてご自身を民にあらわされたということです。

『モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて神の山ホレブに来た』(出エジプト3章1節』

すなわち旧約聖書の時代にはイスラIMG_6808エルの南の部分、すなわちネゲブを中心とした荒涼とした風土で民は律法を授かりました。イスラエルの民は静寂に包まれた水も緑もない厳しい環境の中で神と契約を結んだのです。

『彼らが陸にのぼってみると、炭火がおこしてあって、その上に魚がのせてあり、またそこにパンがあった』(ヨハネ21章9節、10節)

これに対して新約聖書の時代のイエス・キリストはその活動の本拠地をガリラ地方に据えました。そこは豊富な水と緑を有する土地でイエス様は肥沃な土地を前に神の愛と恵みについて語りました。

舞台の演出家が背景の設定に心を配るように、神様はご自身と人間との物語を作るにあたり、その舞台の特性を十分にお用いになりました。モーセが見たものは森の中で燃えるオリーブの木ではなく、荒野にかろうじて生息している柴であり、イエス様は砂漠の石をどけて、そこに隠れる毒グモについて語るのではなく、大空に飛ぶ鳥を指さして神の御心を伝えました。聖書は神と人間の言動のみならず、宇宙万物までもが動員された壮大な物語なのです。

マック

追伸:私達の人生の舞台においても神様は色々なことを通して私達に語りかけておられます。

 

 

イスラエル紀行(5):誇り

12bその辺り、詳しくありませんが「過去に集団自決をしたことがある民族」はどれくらいいるのでしょうか。ユダヤ民族はその一つとして数えられています。

紀元前120年頃、死海を見下ろす荒野にそびえる巨大な岩山の上に要塞が築かれ、後にヘロデ大王がそこを離宮、兼要塞として改修しました。紀元66年、ローマの支配に対してユダヤ人が決起しユダヤ戦争が勃発し、これによりエルサレムが陥落します。その中、熱心党員を中心とした967名のユダヤ人がこの要塞に立てこもり(これらの人達は兵士のみならず、女性や子供も含まれていました)、一万五千人ものローマ兵が周囲を包囲しますが、この難攻不落の要塞になかなか攻め込むことができずに二年が経過します。その間、ローマ軍は指をくわえて要塞を眺めていたのではなく、着々と突入口の準備を進め陥落の日が近づいてきました。敗北を前にユダヤ人達は以後の方針を協議し合い、彼らが決したことは敵の手にかかるよりも自らそこにおる者達全てが自決するということでした(ユダヤ戦記は二人の女と五人の子供だけが生きのびたと伝えています)(以上、ウィキペディア参照)。

私達はかつてその場所に籠城していた967人のことを思いながら、今日、マサダと呼ばれているこの要塞跡を歩きました。今もローマの軍隊が突入した場所が残っており(上掲の写真、右側に建設された道から突入がなされました)、激しく攻防がなされたのだろうという現場を見ながら、当時のことを想像しました。

ローマ軍がいよいよ城壁の中に入りますと、そこにはおびただしいユダヤ人の遺体がありました。そして、彼らは食糧貯蔵庫にたくさんの食物も残されていることを知ったといいます。なぜ彼らは食物をあえて残して死んだのでしょうか、彼らは食料が尽きたから自分達は自決したのではなく、敵の手にかかるよりも自らの命を絶つことを選んだのだという誇りをそこに残していったということです。

マック

追伸:イスラエル国防軍はマサダで軍将校団の入隊宣誓式を実施し、イスラエル軍士官学校の卒業生は山頂で「マサダは再び陥落せず」と唱え、民族滅亡の悲劇を再び繰り返さぬことを誓っています(ウィキペディアから引用)。

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イスラエル紀行(4):揺るがない土台

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先日、村上龍さんの「カンブリア宮殿」を観ていたら、銀座で文房具屋を営む「伊東屋」社長の伊藤明さんが興味深いことをおっしゃっていました。曰く、『「文化」という文字は、「文」に「化ける」。書くことから「文化」が起こる、書いて残っていかないと「文化」はない、と聞いてすごいことを商売にしているんだなと思った』とのこと。なるほどなーと思いました。

神はその最初から言葉というものをご自身と人間の架け橋として据えていたようです。聖書の冒頭、創世記は『光あれ』(創世記1章3節)という神の言葉で始まり、ヨハネは「初めに言葉があった」(ヨハネ1章1節)と創世記の言葉を念頭におきながら、さらにその『言葉は肉体となり、わたしたちのうちに宿った』(ヨハネ1章14節)とこの言葉はイエス・キリストとして我々の間に受肉したのだと記しています。

もし「言葉」がなければ宗教は「感情」、「情緒」、「五感」、「迷信」というものだけにその土台を据えることになりますでしょう。言うまでもなくこれらからでは私達の人生や生活に具体的な指針を得ることはできず、その土台は揺れてしまうことでしょう。しかし、そこに明確な「言葉」があるのなら、その「言葉」は私達にはっきりと神の御心を示し、私達の前に生きる道が指し示されるでしょう。

そんな聖書の写本が発見された場所が死海の側のクムランという場所であり、私達はそこを訪れまし(ここもイスラエルツアーでは素通りできない場所です)。古の羊皮紙に刻まれたへブル語を見ながら、自らが立つべき土台がこのように守られ、実際にそこに展示されている言葉が今、私の手元にあるのだということを知る時に深い神の御心とご計画に心が震えました。

『天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない』(マタイ24章35節)。

マック

追伸:書かれたものから文化が起こるということなら、聖書の言葉から成る文化というものはこの世界に無数にありますね。

 

 

イスラエル紀行(3):古からある塩湖

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彼はわたしに「人の子よ、あなたはこれを見るか」と言った。それから、彼はわたしを川の岸に沿って連れ帰った。 わたしが帰ってくると、見よ、川の岸のこなたかなたに、はなはだ多くの木があった。彼はわたしに言った、「この水は東の境に流れて行き、アラバに落ち下り、その水が、よどんだ海にはいると、それは清くなる。 おおよそこの川の流れる所では、もろもろの動く生き物が皆生き、また、はなはだ多くの魚がいる。これはその水がはいると、海の水を清くするためである。この川の流れる所では、すべてのものが生きている。 すなどる者が、海のかたわらに立ち、エンゲデ(今もこの地名が残っています)からエン・エグライムまで、網を張る所となる。その魚は、大海の魚のように、その種類がはなはだ多い。 ただし、その沢と沼とは清められないで、塩地のままで残る。 川のかたわら、その岸のこなたかなたに、食物となる各種の木が育つ。その葉は枯れず、その実は絶えず、月ごとに新しい実がなる。これはその水が聖所から流れ出るからである。その実は食用に供せられ、その葉は薬となる」(エゼキエル47章6節ー12節)。

「塩の海、塩の谷、塩の町、アラバ」という呼び名が聖書に出てきます。これらはイスラエルにある「死海」のことを指しています。この死海はイスラエルツアーに行く者達が必ず立ち寄り、浮かぶ場所です(五年前、一人でここに行った時は予算的にこの界隈のホテルをためらうことなく素通りしました(笑)。でも、それゆえに素晴らしい体験をしました)。

もちろんこの度、私達も浮かんでみました。浮かぶだけなのですから簡単そうですが、これがまたなかなか手順というものがありまして、うまい具合に身を塩水に委ねなければバランスを崩してしまいます。顔を塩水の中に入れることは厳禁で、そうなるとあまりにも高濃度の塩分のために病院にかつぎこまれるということもあるそうです。

今や世界的なリゾートとなっているこの死海ですが、この辺りには創世記に記されているソドムやゴモラがあったと言われており、そのような地名も残っています。また死海から眺めることができる対岸のヨルダン領の山の中腹にはルツの出身地モアブがあった場所で、ナオミとルツはどんな思いで当時、この死海を眺めていたのだろうかと思わされました。まさしく聖書の世界の只中で浮かびながらそんなこと思いめぐらすことができる、それがこの死海なのです。

マック

追伸:風化した岩が建築物だったというのは眉唾ですが、硫黄の玉が発見されているというのは興味深いですね

『主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった。アブラハムは朝早く起き、さきに主の前に立った所に行って、ソドムとゴモラの方、および低地の全面をながめると、その地の煙が、かまどの煙のように立ちのぼっていた』(創世記19章24節‐28節)。