Concussion

Concussion_poster子供達の冬休みの間、七本の映画をDVDで観ました。そのうちの一本は以前にも触れたことがある「JOHN Q」で、子供達と観ていつものように泣きました。この映画を涙なく観続けることは私にはできません。そして、あとの六本はスターウォーズで、今、上映している新作を観るためには備えが必要ということで私も夜な夜なつきあい、先週末、家族は六作鑑賞達成と共に意気揚々(笑)、新作を観てきました。(私はメッセージの準備のためにパスしました)。

ここ数か月、映画館に行くことができずにおりましたが、久しぶりに昨日、行ってきました。状況を考えましたら当然、スターウォーズとなるわけですが、私はやはりどうも宇宙の彼方の話よりも現実的なストーリーに魅かれてしまいます。そこで「Concussion」を観てきました。ネタばれしてしまうので書きませんが、これが想像以上にとてもよく、ノートをとりたくなるような台詞が散りばめられており(やっぱりライトセーバーより、言葉がもつ力だよなー。歳とったのかな?)、2016年、一番の映画でした(既にか、おい!笑)。

マック

 

A Walk in the Wood

A_Walk_in_the_Woods_Poster昨日のオフは「 Walk in the Wood」を観てきました。二人の熟年男がアパラチアン・トレイルというジョージア州からメイン州まで続く3500キロのトレイルを歩くという話です。このアパラチアン山脈は私が四年間、過ごした大学の目の前に連なる山脈で、この山中で私はよく滝壺に飛び込んだり、缶ジュースを的に銃を撃ったりしました。

このような映画を観ていますと、リタイアした後の「To DO リスト」にこのトレイルを歩くということを書き加えたくなります。そして、ついでに言うと我が家のすぐ側、メキシコボーダーにあるカンポ(完歩 笑)という町からカナダまで続く4000キロの「パシフィック・クレスト・トレイル」も歩きたいと思います(二つはやはり無理かな)。どちらもそれなりに壮大な計画ですが、創造主とそれまでの人生について対話をしながら一歩一歩、大地を踏みしめたいですね。男はいつまでもロマンチストなものですから・・・(まず妻はつきあってくれないでしょう 笑)。

このような大きな目標をたてると日々のからだのメインテナンスにも俄然、やりがいと楽しみが生まれますね。

マック

 

War Room

fb_mainたしたちの戦いの武器は、肉のものではなく、神のためには要塞をも破壊するほどの力あるものである』(Ⅱコリント10:4)

「War Room」という映画を妻と観てきました。結婚生活と子育ての危機、そして追い打ちをかけるように失業にも直面している夫婦がどのようにその問題に向き合っていったかという映画です。この家族は決して特別な人達なのではなくて、その問題は私達が共有するものだということをまず思わされました。

この映画には弁護士も結婚カウンセラーもファイナンシャルアドバイザーも出てきません。あえて言えば高齢のクリスチャンの婦人がこの夫婦の妻に、彼女たちが直面している戦いについてある助言をします。最初は疑心暗鬼であった妻も、ますます状況が追い込まれ、最後にはその婦人が実践していること、すなわちこの映画のタイトルにあるように、家の中の小さなクロゼットをその戦いの部屋とし、そこで神に祈ることを始めるのです。やがてこの祈りは夫の心をも変え、この家族は固い絆を取り戻していくのです。今日、この夫婦が抱えているものと同じような問題で、どれだけの家庭がバラバラになってしまっていることでしょうか。今一度、聖書が繰り返し語っている原点に立ち返らなければならないと教えらえました。

様々な国難に向き合ったアブラハム・リンカーンは書き残しています。『私は自分の向かうべき所を見出すことができずに、何度も膝をつくことにより自らを奮い立たせてきた。私が持ち合わせている知恵とあらゆるものをもってしても不十分であると思えたからだ』。そうです、彼らは自分の知恵や経験を通して人生の戦いに臨んだのではなく、地に膝をつき、神に祈ることにより確かに勝利を得たのです。

あなたは祈る時、自分の部屋に入り、戸を閉じて隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう(マタイ6:6)

九月教会報より

マック

Little Boy

Little_Boy_poster映画『Little Boy』を観てきました。大抵、私はトレイラーを観てから映画を決めます。この度もこのトレイラーを観てから行ったのですが、まさか「牧師が手渡した一枚の紙」と「日系人」がこの物語の中心にあるとは知りませんでした。

互いに「パートナー」と呼び合う父と幼い息子。しかし、第二次世界大戦がこの父子を引き離します。戦場に徴兵された父親が帰ってくるために「やるべきリスト」を牧師から手渡された息子(リトルボーイ)。一生懸命にそのリストを一つ一つこなしていきますが、その中にはその町に住む日系人の「橋本と友達になる」というのがありました。そのリストを握りしめ、反日感情が激しくなっていく町で少年は橋本に・・・。

一貫して「信仰」と「許し」がテーマの良作でした。

マック

追伸:日系俳優のHiroyuki Tagawaが差別の只中に生きる橋本を好演しています。

Exodus: Gods and Kings

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デイオフ。『EXODUS: GODS AND KINGS』 を妻と見てきました。キリスト教徒としての印象は『Noah』を観た時と同じで、バイブルには数多くの出来事が記録されているのですが、その背後にある細かい状況設定や人間模様の詳細には触れていないので、そのスペースに色々なものを詰め込んでいるなと・・・。

でも、これらを差し引いても個人的には『Noah』の時と同様、文字が映像となることによって(当然、この映像も製作者の想像の賜物なのですが)、色々な気づきが与えられました。特に10の災いや紅海のCGは見応えのあるもので、「そうだよな~こうだったのかもな」と刺激を受けました。

『あなたがたは知らなかったか。あなたがたは聞かなかったか。初めから、あなたがたに伝えられなかったか。地の基をおいた時から、あなたがたは悟らなかったか。主は地球のはるか上に座して、地に住む者をいなごのように見られる。主は天を幕のようにひろげ、これを住むべき天幕のように張り、また、もろもろの君を無きものとせられ、地のつかさたちを、むなしくされる。彼らは、かろうじて植えられ、かろうじてまかれ、その幹がかろうじて地に根をおろしたとき、神がその上を吹かれると、彼らは枯れて、わらのように、つむじ風にまき去られる。聖者は言われる、「それで、あなたがたは、わたしをだれにくらべ、わたしは、だれにひとしいというのか」。目を高くあげて、だれが、これらのものを創造したかを見よ。主は数をしらべて万軍をひきいだし、おのおのをその名で呼ばれる。その勢いの大いなるにより、またその力の強きがゆえに、一つも欠けることはない』(聖書:イザヤ40章21節-26節)。

マック

追伸1:あらためてイスラエル民族の出エジプトの状景を観ると、やはりこれらの出来事は“あの時代”に“あの地域”で起きるべきものだったのだなと思わされます。この出来事が黄河流域やアンデス、熱帯雨林や大雪原で起きるというイメージはわきませんもの。やはり、そう考えますと、この出来事の時代や舞台を選ばれた存在こそが偉大だと思います。

追伸2:「わたしはこの映画は観ません。なぜなら、私にとってモーセはチャールトン・ヘストンですから」という方がおりまして、思わず微笑んでしまいました。

BIG HERO 6

MV5BMjI4MTIzODU2NV5BMl5BanBnXkFtZTgwMjE0NDAwMjE@._V1_SY317_CR0,0,214,317_AL_月曜日から子供達が一週間のサンクスギビングのおやすみに入りました。そこで昨日はいただいた映画券で「BIG HERO 6」を観てきました。これから観る方もいると思うので詳細は省きますが、登場人物が日本人であったり、舞台が東京とサンフランシスコがミックスしたような街となっており親近感を感じました。また損得なしで仕えるロボット、Baymaxの無償の犠牲と復活が描かれており、そう考えますとやはりあのお方が思い起こされました。

マック

追伸:誰よりも楽しんでいたのが妻でした。Baymaxの微妙な動きが笑いのツボにはまったようです(このよな笑いは国籍を超えますね)。四十路のおじさんは、Baymaxの懐に体をうずめてゆっくりと眠りたいと思いました(笑)。

FURY

36035去る月曜日、「FURY」を観てきました。時は第二次世界大戦、アメリカ軍の戦車部隊がドイツ国内で壮絶な戦闘を続けていました。その一団の中に「FURY」と呼ばれる戦車があり、そこに五人の男が乗り込み、戦場から戦場へと進軍します。壮絶な戦闘シーン、男たちの心は殺伐としています。どれだけ多くの敵を銃殺できるか、まるで鹿狩りをしているかのようにして人が撃たれ、戦車は死体の上を突き進みます。

そんなアメリカ部隊がドイツの小さな村を制圧します。その時にFURYの指揮官、ブラット・ピットは建物の中に隠れている女性を見つけます。彼は大切に持参していた卵を彼女に渡し、自分のために料理を作るように頼みます。その間、自らは泥と汗にまみれた顔を洗い、伸び放題だった髭を剃り、椅子に座り、ナイフとフォークで彼女らと食事をとろうとします・・・。それまでの鬼のような姿に対して、彼はその場所で本来の人間性を取り戻そうとしているのだろうということがよく分かりました。

人の心の中には色々なものが存在します。私達の心には鬼のような一面もあれば、慈愛に満ちた一面もあります。時にしっかりとこの二つを見つめなければならないということ、そしてたとえ誰かの心に鬼のような一面を見出したとしても、そのことで動揺することがないように、それらを込みとして私達は人間なのだということを心に刻みたいと思わされました。

マック

シーザーに脱帽

1404958088000-xxx-dawn-planet-apes-mov-jy-630-65398286昨晩はRed Boxで借りてきた「Rise of the Planet of the Apes」を次男坊と観、今日は上映中の続作「Dawn of the Planet of the Apes」をこれまた次男坊と観てきました(お猿のぬいぐるみ、ボビーを兄弟のようにかわいがっている次男坊には外せない作品です。昨晩も今日もボビーが隣に座っていましたから)。

CGとはいえ、まず猿の群れのリーダー、シーザーの、その目で見つめられ、その背中を見せられたらついていく以外ないだろう、とそんな男気に満ちた姿に惹きつけられました。M師匠も書いていますが、現在のイスラエルやウクライナで起きている人間の業に対して彼がプリンスパルとしている「Ape not kill Ape」という言葉は強烈に私達の胸に突き刺さります。また彼が静かに息子に語る、「Think before you act」という言葉は、これまでの失敗から学びつつ、群れを率いる責任を全て自分が引き受けているという男(雄?)の思慮深さを象徴していました。

これまで銃器を振り回してリーダーシップを振りかざす無数の人間達の映画を観てきましたが、まさかその特上のリーダーの姿を銃器をもつことがない一匹の猿を通して観させていただくとは思いませんでした。悔しいですが、我々人間、脱帽です。個人的には今年上半期一番の傑作です。

マック