天国が近い

▶︎ 命の水の泉から

この日曜日の説教の最後に、

「さきほど、K姉妹が今朝召されたと、息子さんから電話がありました」

と牧師先生からのアナウンス。私たち会衆一同は唖然とした。私たちの教会では礼拝の最中にグリーティングの時間がある。その日のグリーティングのとき、いつもの席にK姉妹がいないことと、息子さんもいなかったことが気になった。彼女は欠席するときには必ず、eメールか電話をくれるのにどうしたのだろうと思った矢先だった。時々私たち夫婦が送迎を頼まれることがあったからだ。

ちょうど、2日前のクリスマスイブにK姉妹から、コンピューターが壊れて何もできないから、助けてほしいと夫に電話があった。彼女は78歳だが、コンピューターに明け暮れていた。ちょうど、休暇をとっていた夫が、直しにいくことができ、姉妹はとても喜んで夫にお礼のメールがきたばかりだった。いつもeメールを楽しみ、コンピューターのサイトを喜んで私のこの「命の水の泉から」の愛読者でもあった。

 説明によると前の晩に心臓に痛みを覚え、シニアのコンプレックスに独り住まいだった彼女は息子さんを呼んだという。息子さんがしばらくいっしょにいたが、様子が落ち着き、土曜日だったので、2日後の月曜日に医者に行くことを決め、後ろ髪を引かれる息子さんを無理に帰宅させたそうだ。翌朝息子さんが念のため電話をしたが、応答がないので、駆けつけとところ椅子に座ったまま、召されていたとのこと。最高の召され方だ。

私はちょうど、彼女からのうなぎを前の晩、夕食にいただいたばかりだった。 教会の帰りに自動車で送るたびに何かと手作りのお惣菜を手渡してくれ、それがとてもおいしかった。あんなに元気だったのに、信じられなかった。彼女は私がこの欄で書いた「お墓はいりません」を読んで賛同し、自分もクリメイトしてもらいたいと問い合わせてきた。子供さんたちに迷惑をかけたくないという彼女の独立した意気込みがうかがえた。

日本人には珍しく、好き嫌いがはっきりしていて、それをちゃんと口に出して言う。でもそのあと、「神様に許してもらうんですよ」とかわいい。もっともっと楽しいおしゃべりをしたかった。 教会に来始めたばかりの友人に「この次もこなきゃだめよ」といったのが遺言のようだとその方が言っていた。構えなくても彼女の生き様がイエスさまを指し示していた。

きっと今ごろ、イエス様の前に立って、お褒めの言葉をいただいて、天国でコンピューター三昧の生活をしているかもしれない。

「K姉妹のような召され方をしたい」みなそのように祈り始めた。

竹下弘美


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