山に向かいて目を仰ぐ(2)

▶︎ 命の水の泉から

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高校(ミッションスクール)のときのクラス会が山梨県の清里にある清泉寮で行われました。担任の先生が77歳を迎えられたこと、私達もこの年(ここでは公けにしません)まで生かされたことへの感謝会です。幹事の方によって昨年から入念な下調べをして計画されただけあって雨模様であったにもかかわらず、一泊二日のすばらしい恵の時でした。
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まずバスや電車で紅葉を愛でながら午後1時に集合したのは31名。すぐ祝会が始められました。ケーキカットに続いて先生からのご挨拶、そして、なんと有志による手品、続いて私たちが愛唱した聖歌、賛美歌の数々をたて続けに歌いました。
歌い疲れたところで、一人ひとりの近況報告となりました。ご主人を亡くされたり、ご両親の介護に明け暮れていたり、それぞれがいろいろな人生を送ってきています。
翌朝早天礼拝では担任の先生がバッハの「我なんじに呼ばわる、イエスキリストよ」の前奏、「いとしきイエスよ、我らここに集い」の後奏を担当、牧師夫人になった友人のメッセージは、なんと「山に向かいて目を仰ぐ-詩篇121篇」からだったのです。そしてそれは私達の泊った宿泊施設清泉寮を建てたアメリカ人ポール・ラッシュ氏の座右の御言葉であったというのです。
戦前関東大震災復興の目的でYMCAのために来日した若きラッシュ氏はその後清里村の開発に尽力した人です。戦争で一時帰国しましたが、戦後再びGHQから来日。清里の発展に全力を注ぎました。不毛の地を開拓し、その結果、酪農をこの土地に紹介しました。
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はじめホルシュタイン種をつれてきたそうですが、寒さに弱く、ジャージー種という牛の育成に成功、ここの乳製品が有名になりました。また無医村に医療をもたらし、宣教師ではありませんでしたが、聖アンデレ教会をつくりました。
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畳の礼拝堂でした。彼のモットーは「Do your best, and it must be first class」彼の清里での働きはKEEP(Kiyosato Educational Experiment Project)と呼ばれています。写真でも出ていますが、あちこちにXマークがシンボルとして書かれています。これは弟子のアンデレのX字型の十字架での殉教の死を表しているのだそうです。
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きっと彼の生涯いろいろなことがあったでしょう。そのたびに詩篇121篇を思いうかべ、彼は神の助けをもとめたのではないでしょうか。
楽しい2日が終わり、皆と別れるとき、詩篇121篇の最後-「主はあなたを守って、すべての災いを逃れさせまたあなたの命を守られる。主は今からとこしえにいたるまで、あなたの出ると入るとを守られるであろう」-をふたたびおもいおこしながら、みなさんが最期まで主に助けをもとめて天を見上げつつ生きてゆきますようにと願いつつ紅葉の清里を後にしました。
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清里名物のソフトクリームを食べ損なったので、御国に行く前にまた清里で、皆と再会したいです。
竹下弘美
P.S.ポール・ラッシュは日本にアメリカンフットボールを紹介したことでも有名です。


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