吾輩は祝福された牧師である。余った金はまだない。

▶︎ 我輩は酒場牧師である

吾輩は酒場牧師である。前科はまだない。というわけで、前回わが命も惜しまずゴールデン街の巨悪に立ち向かった吾輩の雄々しき活躍をご報告したが、今週もまだアフリカには戻らない。

ご存知の通りのコロナウィルス騒ぎで日本は自粛の嵐である。とりわけ東京は飲食業、特に夜の酒関係業は、都知事の「夜のまち」とか「ホ●ト」とかいった言葉で狙い撃ちされている感の強い新宿歌●伎町は大変なんすから、もう。

いや、それはもう確かに大変である。現在は少しずつ賑わいを取り戻しつつあるとはいえ、前回の「実録緊急24時!必殺警備隊」のレポートにあったように、ゴールデン街の灯は消え闇が支配していた。

吾輩も、教会は礼拝に集まれないし、「牧師バー!」は開けることもできない。そんな状態で経済は逼迫し、吾輩は心身ともに追い詰められていた。

吾輩は逼迫困窮牧師である。左ウチワはまだない。

そんな時である。あるクリスチャンの友人がメールをくれた。彼は芸能界というか、才能ある音楽関係者であるが、それだけでは食えない時は料理人として稼いでいる、吾輩の知る限り日本で吾輩以外唯一の好青年である。

彼はメールでこう書いてきた。

「吾輩さん、お元気ですか?今は本当に大変で苦しい時ですよね。特に吾輩さんは教会の礼拝もできないし、牧師バー!もやれないって聞きました。

だから、お願いですから献金させてください!ぜひお願いします!断らないでください!」

そういって献金を送ってきてくれたのである。

泣いた。吾輩は泣いた!そのつぶらな瞳から真珠のような美しい涙があとからあとから止めどなくこぼれ落ち続けた。吾輩の枕は濡れた。

彼の主な仕事であり収入源である音楽活動は現状ではほとんど、いや、まったくと言って良いほどできていないはずだ。おまけに、そんな時は彼がいつもやっていた料理人としての仕事も、飲食店はほとんど営業さえできていない状態である。

彼の生活も苦しくないわけがない。いや、吾輩よりも彼の状況の方がずっと苦しいのではないか!それなのに、彼は吾輩の窮状を察して助けの手を差し伸べてくれたのである!

最初は驚きがきた。次にじわじわ〜っと感動がこみ上げてきて、気がついたら吾輩は涙に濡れていたという訳さ。

すべてがうまくいっている時、豊かであまりがあるとき、そんなときなら助けることもできるかもしれない。いや、そんな時でも実際に人を助けるために僅かでも犠牲を払う事はそれほど簡単ではないであろう。

しかし彼は自分が最も苦しい時に、自分が最も助けを必要としている時に吾輩を助けてくれたのだ!何度も言うが吾輩は泣いた。

吾輩は涙の牧師である。涙はまだ乾いていない。

思うにこれこそが神の力であり、神の祝福であろう。

聖書にこういう言葉がある、

「イエスは目をあげて、金持たちがさいせん箱に献金を投げ入れるのを見られ、また、ある貧しいやもめが、レプタ二つを入れるのを見て言われた、「よく聞きなさい。あの貧しいやもめはだれよりもたくさん入れたのだ。これらの人たちはみな、ありあまる中から献金を投げ入れたが、あの婦人は、その乏しい中から、持っている生活費全部を入れたからである」。 (新約聖書 ルカによる福音書 21章1〜4節)

貧しいからこそ捧げる。乏しいからこそ分け合う。イエスは、有り余る中から人からの称賛が欲しくてこれ見よがしに大金を捧げるような人には目を向けない。誰も目もくれないような貧しい人、1円玉2枚を心から捧げる人を主イエスは見てくださる。

「世には友らしい見せかけの友がある、しかし兄弟よりもたのもしい友もある。」 (旧約聖書 箴言 18章24節)

神の力、神の祝福を見せてくれた友よ、兄弟よ!

吾輩は祝福された牧師である。余った金はまだない。

中村 透(牧師バー店主/主任牧師@酒場で教会)


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