マンガ家はそれなりの伝道をする機会を与えられるべきだ

▶︎ 隊長ジャーナル

マンガの中に何も意味をこめないのなら、むしろ何も書かないほうがましだ。含みのないユーモアには、値打ちなどない。だから私は、マンガ家はそれなりの伝道をする機会を与えられるべきだ、と言いたい。チャールズ・M・シュルツ(『ピ−ナッツ』の作者)

キリスト者として、何かを制作する時、表現の自由とクリスチャニティの狭間で常に葛藤を覚えます。

そんな時は、冒頭のチャールズ・M・シュルツ氏の言葉を思い起こし「何も意味を込めない、含みのない」表現から自身を解放したいと祈り、願うようになりました。

昔の話になりますが、アニメの音楽(サントラ)を担当したことがあります。原作は日本のメジャーな出版社(小学館)の週刊漫画雑誌で、単行本にもなっていました。後にそのアニメは深夜枠でTV放映され、DVD、サントラCD盤でも発売されました。

しばらくしてここロサンゼルスのレンタルビデオ店にも置かれてあったのですが、数週間後にはアニメセクションの棚から消えていました。お店の人に尋ねると「内容的に成人向けの棚に移動しました」とのことでした。

日本では老舗の小学館から出版されていたこのマンガが、ここアメリカ合衆国ではそれなりの規制対象になるとは思いもしませんでした。母国日本では「性描写漫画販売規制」が東京都の条例あるようです。

ここアメリカでは、リベラルな団体をバックに、新約聖書ローマ人への手紙第一章がLGBTへの差別だ、バッシングだと、弁護士が手ぐすね引いてアメリカの諸教会を狙い撃ちにしようとしている傾向が年々エスカレートしているような気もいたします。

「不健全」、「有害」等の定義は各人のモラルのベースをどこに置くかによって全く異なった見解になってしまいます。

ピーナッツに登場する愛するキャラクターたち通じ、オトナからコドモまで優しく包み込むように、聖書の奥義や人にとって大切な事を、そこはかとなく教えてくれるシュルツ氏の作品にあらためて感謝!

NCM2隊長


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