オンライン礼拝より〜この宝を土の器の中に入れて 第ニコリント4:7

▶︎ 命の水の泉から

オンライン礼拝のメッセージ     

今またロサンゼルス郡では新型コロナウイルスの感染者が増加したために教会が封鎖されました。そのため、どこの教会もオンライン礼拝に切り替えられています。

牧師一人だったり、牧師夫妻だったり、動画撮影をして、それぞれの教会が工夫して、礼拝を続けています。

私達の教会では賛美チームと説教者10名以下が集まり、聖日のいつもの礼拝時間に撮影しFacebookで流し、終わるとすぐそれがホームページに切り替えられて、後からも見られるような方法でなされています。携わる人数はなるべく少なく、感染予防のため万全を期するようにしています。

先日の礼拝も開会の祈り、賛美、主の祈り、使徒信条、聖書朗読、メッセージ、そして祝祷でした。1時間以内で終わるようにしています。

先日のメッセージは辻本清臣先生からで、テキストは第二コリント4:7の有名な土の器の箇所でした。

私達は、この宝を土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが、明らかにされるためです」

神によって塵に息を吹き込まれて生きる者となった土の器である私達です。神はその私達を愛して、土の器の中に聖霊と信仰の導きという宝を入れてくださり、日ごとに強めてくださいます。その方を仰いで前進しましょう、というメッセージでした。

芥川受賞の本、「土の器」

そして思い出したのが、昔芥川賞を受賞した阪田寛夫氏の「土の器」という本です。幸い、再度読みたい本は処分せずに手元に置いてあるので、本棚に見つけることができ、この際、また読んでみました。

著者の母であった主人公が亡くなる時に焦点をあてて、それまでどんなに彼女が土の器の中に入れられた神さまの恵みを放つ者として生きたかを、あたかも隠れクリスチャンのような著者の観点から書いたものです。

そうでもしないと、日本の一般社会では書いた物も受け入れてもらえないから故意にそのような書き方をしたのかもしれません。

この主人公はふつうの方でしたが、こんなに徹底したクリスチャンがいるかと思うように周りに主の光を輝かしてして生涯を終えられた方でした。神様からいただいた宝によってこのように一生を送ることができるのですね。

土の器に入れたサボテンをいただきました。器は土ですが、きっと中のサボテンがおもいもかけない美しい花を咲かせてくれることでしょう。

竹下 弘美


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