私達の祈りは聞かれます。行方不明の猫ルナちゃんが見つかりました。

▶︎ 命の水の泉から

友人からのチャットメッセージ

サンフランシスコ郊外に住む猫仲間の友人から、ご夫婦でオレゴン州にいる息子さんを訪ねて犬だけでなく、猫も連れて行くと連絡が来ました。

猫は車嫌いだからそのために前々から訓練していると言うのです。すでにこの猫、ルナちゃんはいろいろな芸を仕込まれているのを写真で知っていました。

サンフランシスコからロサンゼルスまで何回か猫を連れて自動車で往復させていた経験を持つ私達に、車の中でのトイレとかいろいろ訊ねてきました。バスケットにも慣れさせたりして、万事が整えられて出発、途中で一泊するという事でした。

道中写真を送って来て、初めは泣いてばかりいたけれど、段々慣れてきて、途中一泊し、無事犬と一緒にオレゴンに着いたとの報告がありました。

一大事

この分だったら、いつも旅行に連れて行けるという報告があったので、もう帰宅したのかと思ったところ、次のようなテキストが来ました。泊まっているモテルからでした。

「一大事が起きました。今朝帰ろうと荷物を載せて、ルナがベッドの下に滑り込んでいると思っていたら、ベッドは滑り込めないようになっていて、マットを持ち上げたらいなかった。

朝早く起きて呼んで探した時、世の中の騒音で、猫の鳴き声は聞こえなくて探せません。今晩と明日朝早く騒音が無い時に探そうと思います。

ルナも静かにならないと、うずくまっているだけなので、水、餌もなく、私達の声で反応してくれることを祈るのみ、神様に祈っているので、一緒に祈って」という要請が来ました。

大変です。どうも着いた晩に荷物を出し入れしている時、外に出てしまったようです。すぐクリスチャンの猫仲間の人達に祈りの要請を出しました。

彼女が送って来たそのモテルの周りの写真は山の中です。どんなにルナちゃんが辛い思いをしているかと思うと、私も何も手につきません。コヨーテなどがいるような場所です。

一晩またそのモテルで泊まった彼らは朝も5時半から8時半まで探したけれど、見つからず、結局モテルの近隣だけのFacebookに写真と共に載せてもらい、一応サンフランシスコ近郊の自宅に帰りました。

次の日もモテルに連絡しても何の手がかりもなく、ただモテルの人や町の人達が協力してくれているという情報が入りました。希望を持って私の祈りの猫友達もルナちゃんの無事を祈り続けました。ご当人は眠れぬ夜を過ごしていました。

祈りが聞かれた、ルナが見つかった

そして4日目の今朝、「祈りが効かれた、ルナが見つかった」とテキストが来ました。「モテルのマネージャーが捕まえてケージに入れてあるそう。8時間かかるけど、これから迎えに行って来ます」とのテキスト。ハレルヤ!祈ってくれていた友人達に祈りが聞かれたと報告。

そしてイエス様が一匹の子羊を探してやまなかった箇所や放蕩息子の箇所を思い出しました。このご夫婦にとってかけがえのないルナちゃんと同じように、神様にとっては私達一人ひとりがなくてはならない存在です。私達が神様から離れたら、このような思いをして、探し続けてくださるのですね。

「あなたがたのうちに、100匹の羊を持っている者がいたとすると、その1匹がいなくなったら、99匹を野原に残しておいて、いなくなった1匹を見つけるまでは探し歩かないであろうか。そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に載せ、家に帰って来て友人や隣人をよび集め、『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。ルカ15:4-5」

友人宅ではきっと明日はルナちゃんを囲んでお祝いをする事でしょう。主の御名は、ほむべきかな。

竹下弘美


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