愛に根ざし、愛を基とし(主にある友情)

▶︎ 主を思う・・

<榎本先生から辻本先生へ>

これは、私が現在行っているGVIC教会にあった水野源三さんの詩集「わが恵み汝に足れり」の見開きに書かれていたのを撮ったものです。

あのアシュラムで有名な榎本保朗先生から国際飢餓機構でも活躍された辻本清臣先生に送られた本でした。

そういえば、榎本先生は、ロスに来られていた時はいつも辻本先生のところに泊まられました。辻本先生は面倒見のよいお方です。多分、飛行場までお迎えに行かれたことでしょう。榎本先生が亡くなられた時も見えるところ、見えないところでお世話されたにちがいありません。

それは、主にある友情でした。

<愛に根ざし、愛を基とし>

“愛に根ざし、愛を基とし”という言葉は、エペソ人への手紙3章17節の言葉です。

『3:17 また、信仰によって、キリストがあなたがたの心のうちに住み、あなたがたが愛に根ざし愛を基として生活することにより、 3:18 すべての聖徒と共に、その広さ、長さ、高さ、深さを理解することができ、 3:19 また人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、神に満ちているもののすべてをもって、あなたがたが満たされるように、と祈る。』

主にある友情をもって、信仰から信仰の高嶺へとみちびかれるようにという祈りです。

牧師から牧師への祈りです。

<主にある友情、主にある祈り>

ロサンゼルス・ホーリネス教会の信仰の先輩たちは、若い私たち夫婦を愛してくださいました。それこそ名前をあげることができない多くの方々に愛されて、私たちの信仰が育まれたのです。

子供が与えられるように祈ってくださいとお願いしました。そして、主は、みなさんの祈りによって、ついに子供が与えられたのです。その時の病室は、花でうまりました。

初めてちいさな家を郊外に買い、忙しくて芝生を刈る時間がなく前庭の芝生がぼうぼうになってくると、ある日突然きれいに刈られていました。裏庭もすっかりきれいになっています。商売用の芝刈り機もくれました。(あまり使わなかったけど(^-^*))

<主にある友情は永遠です>

私たちが青年の時、教会のおじさんおばさんに助けられ、自分たちが壮年になった時、青年たちを助け、老年になった先輩を訪ねます。そして、自分が老年になった時、静かに座っていることが出来るのが“教会”です。

日本に行っている時に、オレンジ郡ホーリネス教会を共に立ち上げてきたO姉が天に召されました。もともとオレンジ郡の宣教教会はO姉の両親の家屋が使われていました。

そのO姉が、ケアホームに入るようになり、その後、私たちがオレンジ郡ホーリネス教会に行く時は、いつもO姉を訪ね、冗談を言いあったものです。お葬式(メモリアルサービス)には、かならず出席したかったのに、かないませんでした。

でも、主にある友情は永遠です。実際、天のみ国でみなさんに会えるということは楽しみです。さてさて、みなさんはどんな時のお顔をされているのだろうか、若くて美しいお顔か、それとも、年を得た落ち着いたお顔をしているのだろうか?どうであっても、私にとって、最高のお顔で出迎えてくださることにちがいありません。

それまで、O姉よ、ごきげんよう!

ロバート・イー


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Posted by SANBI.us