あなたの祖先は誰?アメーバと言われると悲しくなります

11/28/2020▶︎ ケンちゃん先生の宣教便り

進化論的に言うと私たちは「初めはアメーバみたいな単細胞で進化の末、サルになり人間になったんだ」と、言われています。

自分のご先祖様が"アメーバ"と言われると実感がないし、とても悲しくなります。

で、サルと言われると身体つきは自分と似ているので、なんとなく納得できるのですが、将来的におサルも進化して僕と同じようになるかと思うと、なんとなく楽しいような、怖いような感じがします。

そんなサルの研究で世界的に有名な、京都大学の霊長類研究所の教授らが5億円余りの研究費を不正に支出していたというニュース・・、不適切な会計処理や不正をするサルもまだ見たことがありません(汗)。

子どものころ、僕らは学校でダーウィンの進化論を学んできました。なので日本人のほとんどの人が進化論を信じているのでしょうが、明治6年(西暦1873年)に文部省から発行された日本で最初の教科書「小学読本」には、下記のようにはっきりと創造論に立って書かれていたのです。

「天津神は、月、日、地球を造り、のち、人、鳥、獣、草木を造りて、人をして諸々の支配をなさしめたり。」「神は万物を創造し、支配したもう絶対者なり。」(池田豊氏の論文『明治時代の日本とキリスト教』より)

イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンは1859年11月24日に『種の起源』を出版。日本の小学校(尋常小学校)で国定教科書に進化論が登場したのは,第一次大戦後の 1923(大正12) 年のようです。

進化論が日本の教科書に採用されてから、ほぼ100年。100年の間に殆どの日本人は進化論者になってしまいました。

一方、創造論は神様が人間を神の形に作られ、男と女を創造された。と聖書には書いてあり(創世記1章27節)、日本のクリスチャン人口の1%の人は人間は人間として創造された、という事を信じています。

日本で神が天地を創造したという話をすると、この人、頭がどうかしているんじゃないかと世間様に鼻で笑われてしまうのが現状ですが・・

進化論も創造論も理論であって、実際は誰もわからない。クリスチャンは神の霊感によって書かれた聖書の中にあるので、それをそのまま信じているのです。

進化論を信じている人たちは、学校の教科書で習ったので進化論が正しいと思って信じていますが、あくまでも両方とも論の域を脱していないのも事実です。

とにかく進化論は何か空しいのです

進化論の最大の欠点は、中間期の化石(ミッシングリンク)と言われる、進化の過程にある化石が一つも発見されていないという事です。

例えば、Aという生物がCという生物に進化したとする。AとCの生物の石は見つかっているが、Bという中間期にいた生物の化石が見つかっていない。このB化石がミッシングリンクです。

進化論を信じるか創造論を信じるかを、とやかく言う事はできませんし、どちらを信じても、それで良いと思うのですが、とにかく進化論は何か空しいのです。

この世の中に存在するすべてのものは、目的が有って作られているのに、人間や生物は進化によって作られ、現在の姿になっていると考えられて、自分たちは何の目的もなくこの世に存在するという事に空しさを感じ、自分の人生の意味すらも見い出せなくなります。

人間や動物は神様が創られたと考えると、とても嬉しい気持ちになります。神様はご自分の姿に似せて人間を造られましたが、ご自分の姿に似せて創られたという事は、そこには僕への愛がある事を感じざるをえないのです。

自分の子どもが自分に似ているという喜びと共に、子どもに対して素晴らしい人生を送って欲しいと思うのと同じ事なのではないでしょうか。

僕が人生の目的を持って、この世に生を受けている・・。この事を考えると、神様が私たち一人一人に愛を持って、この世に送って下さり、生かされている事に、心からの喜びと感謝を感じるのであります。

鈴木ケン


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
↑↑ キリスト教ブログランキングに参加しています。 よろしければ応援クリックをお願いします。