Give Thanks 感謝の習慣 ②

▶︎ Lean(リン) on Him〜主にもたれて〜

前回(昨日)のコラムで「すべてのことにおいて感謝する」事を神様は私達に求めておられる、と書かせて頂きました。

そして私達が真に感謝する先は、目先の直接的な物事に留まらず、それら全てを支配し与えて下さっている神様にこそ帰するものだという視点で、今回もその続きを書きたいと思います。

自分の生活や身の回りが順調な時には、あまり気負わずとも心がけられる「感謝」。

気分がいい時には青空ひとつ見上げても「神様、素敵な1日に感謝します!」と、自然に口から感謝の言葉が湧き上がるものですが、これが一転困難な状況下に陥ると、青空も暗く先行きも見えず…その中で感謝だなんて!と、私達は誰でも思うことでしょう。

苦しい中でも感謝する習慣…私は以前、この難題へのヒントを小説「少女ポリアンナ」に出てくる”よかった探し”に見出しました。

この小説の主人公ポリアンナは、孤児となって子供嫌いの叔母の家に引き取られ、なかなかに喜べない出来事に日々遭遇していくのですが、常に「すべての事に喜びを見出すゲーム」を駆使し、ネガティブをポジティブに発想転換していきます。

そのゲームの発案者は牧師であった彼女の父でした。人形が欲しかったポリアンナにプレゼントされたのは、教会の寄付箱に入っていた松葉杖。

納得がいかない彼女に対して父は「この松葉杖を使わずに済む健康な脚を持っている事に感謝しよう」と、目に見える贈り物ではない健康への感謝を促します。

「信仰は望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです」(ヘブル11:1)

試練に対して、敢えてそれを与えて下さっている神様の意図と、その背後にある愛に信頼して感謝を捧げる…信仰に裏付けされた真の感謝の姿勢がこの場面から伺えます。

そして、神様が「そのひとり子をお与えになった程に世を(=私を)愛された(ヨハネ3:16)」事を心から信じる。

その愛する私の為に最善以外はなさらないと確信する。これこそが、どんな状況でも主に感謝を捧げられる原動力ではないでしょうか?

最後に、Don Moen 「Give Thanks」という賛美をご紹介します。

Lynn (リン)

Give thanks with a grateful heart
Give thanks to the Holy One
Give thanks because He’s given Jesus Christ, His Son
And now let the weak say, “I am strong"
Let the poor say, “I am rich
Because of what the Lord has done for us”
Give Thanks


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