神と国とのために、ウイリアム主教の信念と愛 | 立教学院(セントポール)

▶︎ 主を思う・・

学校法人立教学院は、1874年に聖公会のウイリアムス主教によってはじめられたキリスト教主義の学校です。

私は、中学を受験して入ったのですが、小学校から大学までの一貫教育システムで、小学校から入った人は、(途中で落第しなければ)大学まで受験という試練に会わなくて済みました。でも、どういうわけか毎年落第するのがいて、(落第すると他の学校に移るので)その補充(補欠受験)で入ってくる者もいました。

この学校の特徴は小学から大学まで「キリスト教倫理」というクラスがあり、男子校は(女子校のように頻繁ではありませんでしたが)礼拝もありました。

大学でも一般教養(1,2年)では、「キリスト教倫理」が必須科目でした。地方から(野球などで)来た人たちは、今まで聞いたことがない三位一体論など教えられても理解できなかったと思います。その時間寝ている者もいましたが、いや~、無理もないです。

<Pro Deo et Patria(神と国とのために>

この写真は、(引っ越しの時に出てきた)立教の校章を付けた文鎮です。真ん中に書かれた「PRO DEO ET PATRIA」というラテン語に注目していただきたいと思います。

私がこの学校に入って、初めてこの言葉を知ったのは、数ある校舎の建物の角のCornerstone(礎石)に、この言葉がきざまれていたからです。自分が身に着けていたこの紋章には気づきませんでした。

このラテン語は、とても簡単です。Pro(為に)、Deo(神)、et(と)、Patria(国)=神と国との為に、という意味になります。イエスさまの教えのエッセンスは、これですね。

<ウイリアムス主教>

ウイリアムス主教については、「道を伝えて、己を伝えず」という言葉が使われる人でした。主教は、己の益を求めずに、いつも日本の人々の為に尽くした人でした。

年老いてアメリカに帰り、病を得て入院した折、主教は看護婦に日本語で話しかけ困らせたそうですが、主教の心は未だ日本にあったのでしょうか。主教の日本での働きをみる時、何かわかるような気がします。

主教にまつわる逸話にはことかかないのですが、ケチで細かく厳しい人。傍にいたら堪らない人だったようです。

でも、それは自分のためではなかったのです。全部、学校や教会、神学校の費用に用いられたのです。神と国(日本)のために、恥も外聞も気にしないで働いた人でした。

必要なら命さえもささげたことでしょう。だから、主教は自分のためには、何も残さなかったけど、天には沢山の貯金をしたのです。

『6:19 自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。6:20 自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。』(マタイ6:19,20)

主教は、神を愛し、日本を愛した人でした。

ロバート・イー


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Posted by SANBI.us