【ブッシュ・寛子のセントルイス便り】 紆余曲折、21歳の時に白旗をふってイエス様に降伏

11/24/2020▶︎ サンビの仲間たち

元を辿れば、生まれも育ちも日本で、お米の品種で言えば、純国産。 家も代々浄土真宗で、脳裏にある最も古い記憶は、仏間でのお葬式。 

そんな私がキリスト教に触れたのは、近所に住んでいた盲目のマッサージ師のお嬢さんの真理亜ちゃんのお家での事。 

我が家の黒一色だった仏間とは違って、光り輝くイエス様とマリア像がお部屋に飾ってあったところを見せてもらったことからでした。 

父の実家は、キリシタン大名大友宗麟が君主だったこともあり、何かとキリスト教は、異国の発祥ではあったものの、他のどの宗教よりも馴染みがあるものでした。

その後父の転勤で社宅の最寄りにあるキリスト教の幼稚園に通う事になり、イエス様のお話を詳しく知る事ができたのです。 

その時の印象は、幼い私達にも強い関心を持ち、99匹の羊をおいても、迷い子の一頭を探して下さる程、我々を愛してくださる、優しい神様(ルカ15:4)。 聖句が入った名刺サイズのカードを集めるのが、とても楽しみでした。  

特に両親は、元々それぞれの親同士に強要され成立したお見合いで結ばれた夫婦でしたから、「愛」や「優しさ」を感じるような関係では有りませんでした。  

争いが絶えず、子供心に「私達子供がいなかったら、二人は、別々の生活が自由にできてもっと幸せになれるのに。」と思わざるを得ない状況だったので、義務付けられていた日曜礼拝は、存在価値を認めて貰える、オアシスのような場所でした。

その後、神様の摂理としか言えない形でアメリカへ留学することになりました。その際フリーメソジスト派の牧師さんご夫妻のところでホームステーをする事になったのです。  

その時初めて、月面着陸に成功したアメリカに於いて、この現世でも生きた神様に対話するが如く祈り耳を傾け、聖書を基盤とした生活を営み、様々な人達を受け入れ、愛し、赦し合う信徒さん達と出会ったのでした。 

兎に角、イエス様が神様の愛の証そのもので有り、現在進行形でその御手を差し伸べてくださるということは、衝撃的でした。 棒読みにしていた聖書も飛び出す絵本のように変わった事をいまだに覚えています。

しかし、その存在に気づき認めることと、イエス様を絶大なる主人として生きていく事には、大きな問題が有りました。 

「かぐや姫」では、ありませんが、私には、卒業後、必ず日本人として帰国しなければならないという使命が課せられていたからです。 

留学中も日本語と日本人としての認識を忘れないようにと、両親は、ある意味意固地となって色々と船便で書籍を送り込み、「航空書簡」には、必ず、「日本とは」、「日本人論」とかが綴ってあったのです。  

従って、私自身が救われなければならない必要性を痛感していても、100%イエスキリストに委ねることは、できないという心情でした。  

日本人としての一種の背任行為だと思い込んでいたからです。 また、現地で通っていた学校も南カリフォルニアの公立の学校ばかりでしたから、同級生達とのお付き合いでも「クリスチャン」としての信念を貫こうとすれば、「真面目すぎる」というレッテルが貼られて疎外されがちな環境でした。 

今から振り返ると、当時の私は、三重の苦を抱えた人間のように、日本の社会的期待、アメリカのノンクリスチャンの社会的動向、そして聖書的生活といった重圧感のもとに悶々と悩んでいました。  

それらをどのように調整して将来日本に帰国しても働ける女性になれるのか、が切実な悩みだったのです。 

当時は、まだ英語力も乏しく、最寄りのアメリカ人にも相談できませんでしたし、相談したい両親や親戚は、遠い海の向こうに住んでいて、カリフォルニアの現地の状況などは、把握しきっておらず、理想論ばかり。  

今ならSNSなどを駆使して無料で色々と発散できたのでしょうけれども、当時は、国際電話をかける事も高額な時代でした。 そこで、気がついてみると「やけ食い=過食症」 に走っている自分。  

どうして良いかわからない、突然の竜巻が私を襲うようになったのでした。

紆余曲折、21歳の時に白旗をふってイエス様に降伏

紆余曲折あって、ついに21歳の時に白旗をふってイエス様に降伏。 とにかく、その日一日一日を可能な限り、イエス様を仰いで生きて行こうとお祈りしてもらったのです。 

格別な電気ショック的体験は、有りませんでしたが、それから回復の道を少しずつ歩むことができ、あの長血で苦しむ女性がイエス様の衣に触れて癒された如く(マタイ9:20)、私の過食症も消滅していきました。

あれから早くも40年が過ぎようとしています。 その間私は、無事帰国し、就職し、結局日本で知り合ったアメリカ人のクリスチャンと結婚してセントルイスに落ち着いています。

主人の仕事の関係で、ヨーロッパでは、5カ国に長期滞在するチャンスに恵まれ、色々なクリスチャンの方々とお会いすることができました。

とかくクリスチャンになる事が、まるで、十字架印の保険に加入するような便宜的判断として説明され易かったり、どこかの愛国精神と直結しているように説明され易い今日ですが、究極的には、我々は、全知全能の神様が愛を持って我々を創造して下さって、そのお方に結ばれる唯一のコンセントとしてイエス様を受け入れざるを得ない微々たる存在であるという事が真髄なのでは、ないかと感じています。

従って、たとえどこの国の何人に生まれようとも、人間の世界を超越して実在していらっしゃる創造主と和解しなければ、健全に生かされることはなく、我々の精神的錨となるアイデンティティーも確保できません。

また、人生には、「何故こんな事が?」というような不慮の出来事ーー私の場合は、弟の自殺と、息子の溺死ーーがありますが、直近のご利益ではなく、あくまでも自然界のあるべき姿ーー即ちイエス様をとうして全知全能の神様に結ばれ続けれることさえ心しておけば、イエス様の教えの真髄によってのみ生かされることができるのでは、ないのでしょうか。

つまり、引力の法則の様に、極々自然な摂理かと信じるようになりました。

ブッシュ・原・寛子
ミズーリー州セントルイスにて。


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11/24/2020▶︎ サンビの仲間たち

Posted by SANBI.us