わが家の黒い雌猫と・・神様と私の関係

▶︎ Lean(リン) on Him〜主にもたれて〜

以前にも触れましたが、わが家には2歳になる黒い雌猫がいます。

アメリカ生まれのせいか、私が今まで常識と思っていた猫”あるある”があまり当てはまらない、なかなか個性的な一面を随所で見せてくれる子で、このコロナ禍で自宅にいる事が多くなった日常が飽きずに過ごせているのも彼女のおかげです。

猫と言えば…、温さを求めてこたつや布団の中に潜り込んできたり、暗くて狭い場所が好きだったり、段ボール箱の中がお気に入りだったり、、、というような特徴を思い浮かべるのですが・・、

我が家の猫は、自分の上に布が被るのが嫌い(=布団の中には入った事がない)、社交的で来客時に隠れた事がなく一番目立つ場所でアピールしてくる、箱なんか興味なし。

一番得意な遊びは「取ってこいゲーム(fetch)」!猫というより子犬と遊んでいる気分になります(笑)

そんな彼女、いつもゲームをして欲しい時にはお気に入りのおもちゃを咥えて私の足元に座り、キラキラした瞳で見つめてきます。

その目の中には私以外が一切入らず、世界は私達2人だけ。私のどんな動きにも反応しようと神経を集中して臨んでいて、それが本当に愛おしいのです。

このやりとりを、ふと神様と私の関係に置き換えて考えてみました。

もし私が神様の事しか考えていなくて、何をなさるか、何を考えていらっしゃるか、何を望んでいらっしゃるかを全力で受け取ろうと、キラキラした目で一心不乱に見つめていたら…

天の父なる主はどんなにかその姿勢が嬉しく、私を愛おしく思って下さるのではないでしょうか?

「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい」(ヘブル人への手紙12:2)

実際には雑事に追われる日々の生活の中で、私が果たしてどれだけの集中力を持って神様との時間を持っているか…正直なところ胸を張れません。

「大人は忙しいから、、、」とつい口に出す私に、神様はこの言葉を示して下さいます。

「子どもたちを来させなさい。わたしのところに来るのを邪魔してはいけません。天の御国はこのような者たちのものなのです。」(マタイの福音書19:14)

子供のように、遊ぶ時の猫のように、素直で一心不乱でキラキラ期待に満ちた心で、主との関係を深めていきたいと改めて思う今日この頃です。

Lynn (リン)


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