街角で食べ物を無料で届けている人たちに感謝と敬意を捧げます。

▶︎ 主とわたし・・

<Farmlink Project(農家と連携する企画)>

Farmlink Projectファームリンク・プロジェクトって聞いたことがありますか?

CBSのニュースを聞いて、初めて知りました。これは、学生たちが始めたNon-Profit Organization(非営利団体)で、農家で廃棄処分にされる農作物や、廃棄される牛乳、たまごなどを集めてフードバンクなどに配送し、食物を必要としている人たちに分配するということをはじめたのだそうです。

そうでなくても、浪費しているアメリカなのに、農作物や酪農物がコロナ渦のため売れなくて捨てられているのです。

そういう捨てられるものを集めて Food bank のようなところに届けようという。実に理にかなった仕事です。こういう若者たちにエールを送りたいと思います。

本当は、こういうことは政治家がしなければならないことなのに、いろんな公益政策は経費ばかり増やしてあまり助けになっていません。不効率で効果が出ていません。

挙句の果てに、ベンツの新車で乗り付けた貴婦人が Food Stamp(貧しい人の無料食費券)で買い物をしているというのを目撃して、啞然とすることがあります。

この人、どこでFood Stampを手に入れるのだろうか?Food Stamp をもらっている人たちにお金を少しやって、手に入れるのかも知れない。そして、Food Stamp を売った人は、そのお金でお酒や麻薬でも買うのでしょうか。

<アメリカは浪費の国>

私は、1968年の7月にアメリカのサンディエゴに着き、3か月後にAdult Schoolで英語を学びながら、ホテルのCoffee ShopでBusboy(後片付けとテーブルセットをする)として働きはじめました。学校が午後2時45分に終わると、すぐにCoffee Shopに行って、3時から9時まで働きました。

Coffee Shopに着き、タイムカード押すと、先ず、English Muffinにバターをつけたのを食べます。これが美味しかった。当時、これは日本にはありませんでしたね。

私たちは、そこでは、何でも自由に食べられました。勿論、お客に出すステーキなどは食べられませんが、普通のものは何でもOK。ただし、どんな食べ物でも持って帰ることはできません。守衛さん(サム)がいつも見張っています。

<忘れられないOnion Soup(オニオン・スープ)>

キッチンでは、いつもシェフの助手ジョーが大きな釜に野菜の切れ端などを無造作に投げ入れていましたが、これがスープのベースになります。スープは、毎日かわりますが、どれもとても美味しかったです。仕事の最中でも、そこを通りかかった時には、いつも一口飲ませていただきました。

今でも忘れられないのが、あのOnion Soupです。その日のOnion Soupは特別でした。こんなにおいしいスープは、今まで食べたことがありません。52年前の話ですが、未だにその時の情況を思いだします。

私は、そのスープをどうしても少し持って帰りたかったので、“頼むから少し持って行かせてくれ!”と嘆願しました。

ジョーや周りにいた人たちは、しばらく黙っていたので、(守衛のサムもいないし)誰かが“いいよ”と言ってくれるかなと期待したのですが、・・・ジョーに“好きなだけ全部飲みな”と言われてしまいました。

スープは、大きなスープの容器にまだ3分の1以上残っています。仕方がありません。一生懸命に飲みました。傍にジョーがひとり立っていて、“もういいかい”と言われて、“もういい”と答えると、ジョーは、その容器を引きずるようにして、下水口のところに持っていき、ザーッと捨てたのです。

それを見て、私は愕然としました。私は、その情景を忘れることができません。

アメリカは、世界一豊かな国です。食料もあまっているのです。それなのに飢えている人たち、子供たちがいる。今では、ドーナッツ屋などは、売れ残りを警察署や消防署にもっていくと聞きました。捨てるよりはましです。明日売れないのだから、捨てるよりあげた方がいいのに決まっています。でも、多くの店では、そんな手間をかけたくないのです。

イエスさまは。「人はパンのみにて生きるにあらず」と仰いました。それで、「ご飯もほしい」と答えた人がしたそうです(笑い)。イエスさまは、パンはいらないと言ったのではありません。“パンだけで生きるのではない”と言ったのですね。

イエスさまは、食べて肉体を維持するだけが“生きる”という意味ではないと仰った。私たちは「神さまのみ言葉(約束)によって生きる」のだと教えられました。肉体の糧なる“パン”と霊の糧なる“神さまのみ言葉”が対比されているのですね。

私は、最近とみに、美味しいものを食べると神さまに感謝したくなるのです。美味しい空気を吸い、美味しいものを食べると(まだ)生きていて良かったと思う。

だから、全世界の人が今日の食事をすることができるように祈ります。その為に働いている方々に神さまの祝福があるように祈ります。

『一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」 また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。

「皆、この杯から飲みなさい。 これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。』(マタイによる福音書26:26~28)

今日も、街角で食べ物を無料で提供している働き人に、食材を届けている人たちに感謝と敬意をささげます。

ロバート・イー


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