「きよしこの夜」が聴こえないクリスマス〜あの日はどこに行ってしまったのでしょうか?

▶︎ 主とわたし・・

 

おぼえていますか、“クリスマス商戦”。ブラックフライデーが始まる前のことです。百貨店のショウウインドウには、Merry Christmasと書かれ、入り口には、救世軍の人が募金をつのり、時には、クリスマスキャロルを歌う人たちがいました。

それがいつのまにか静かになってしまいました。ショーウインドー(show window)には、Merry Christmas ではなく、Happy Holidayと書かれるようになって、救世軍もあまり見かけなくなり、クリスマスキャロルは消えてしまいました。

<自由と平等という神話>

このアメリカは、キリスト教国であると言います。私たちが来た頃は、そうでした。日曜日は、教会に行く日でした。日曜日には遅くまで寝ていたい私たちなのに、起こされて、教会に誘われました。(余計な親切でした。)

日曜日には、どこの店も閉まっていました。ガソリンスタンド(給油所)が閉まっているのは、とても不便でした。今では、クリスマスでも給油所や食料店があいています。

ご存知だと思いますが、なぜ、Merry Christmasが Happy Holidayになったのかと言いますと他宗教の人たちが増えたからですね。ユダヤ教徒、イスラム教徒、ヒンドゥー教徒、仏教徒が増えたのです。(一応、宗教の自由の国ですから、宗教の違いで入国を拒否することはできません。それは憲法で保障されています。)

息子が通ったパロアルト高校では、キリスト教の休日の他にユダヤ教の休みの日を学校の休日としました。ユダヤ教徒の親からのプレッシャーがあったに違いありません。

キリスト教は、ヨーロッパを制覇した宗教でしたが、アメリカは(今)他の宗教に押されているとも言えます。だから、いわゆる「保守的クリスチャン」は、危機感を感じているのでしょう。

<ダイヤモンドはガラスじゃない>

そういう危機感から“排他的”になるのは、分からないことはないのですが、それは、自分たちの信仰に自信がない証拠です。もしキリスト教が本物ならば、何も心配する必要がないのです。ダイヤモンドは、ガラスではないのです。比べればわかるのです。

否、比べてもわからないガラスがあります。わざわざ不純物をいれて、天然のダイヤにみせる技術まであるようです。うちの娘は、すごいダイヤの指輪を婿からもらったのに、普段は、それに似たガラスの指輪をしています。襲われたら、それをあげるつもりらしいのですが、それではなんの為の婚約指輪なのかわかりません。

Anyway, クリスチャンは、確かな“本物の”信仰をもっていればいいのです。他宗教の人たちに押されているなら、“本物の”自分の信仰をあげればいいのです。宗教は、“力”を争うものではないのです。神さまと共に生きるということです。

クリスマスは、主イエスの誕生を祝う日です。主イエスはインマニュエルと呼ばれました。主が共にいてくださるという意味です。そこに至福の人生があるのです。あなたを見て、そのようになりたいと思われればあなたは本物です。

ある人から聞いた話ですが、ダイヤにはいろいろあるので、いつも最高のものを見ている必要があるのだそうです。そうすれば、偽物はすぐにわかるし、どの程度のダイヤかもわかるようになると聞きました。

私たちの信仰の基準は、イエス・キリストです。主は、排他的ではありませんでした。イエスさまは、聖さを保つといって罪びとを排除した律法学者・パリサイ派の人たちを“白く塗った墓”だと仰いました。自己義認・自己欺瞞になってはいけないということですね。また、そういう人の仲間にならないということです。

『11:1 神様は人をだます者が大きらいで、正直な人が好きです。 11:2 高慢な人は恥をかきますが、謙そんな人は知恵を身につけます。 11:3 正しい人は誠実に歩み、悪人は不正直なために破滅します。 11:4 金さえあれば大丈夫と高をくくってはいけません。さばきの日には、正しく生きる人だけが救われるのです。』
(リビングバイブル箴言11章1~4節)

クリスチャンは、どのような状況になっても賛美歌「きよしこの夜」を歌います。主はいつも共にいてくださいます。

ロバート・イー


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