聖書の愛の章、コリント人への第一の手紙13章13節

▶︎ 主とわたし・・

【口語訳】 このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。

本田弘慈先生は、伝道旅行で世話になった方々に「信・望・愛」と書いた色紙を置き土産にしていました。

今でも古い信者さんのお宅で先生の独特な字で書かれたこの色紙を見かけることがあります。

使徒パウロは、コリントの教会の人々に“愛”が一番重要です。どんなに立派なことをしても、どんなに世界に貢献しても、そこに“愛”がなければ、その慈善、偉業には何の価値もありませんと書いています。

私が現役時代、何かの拍子で、この13章13節を引用した時がありました。

そうしたら、20代の白人女性で私の下で働いていた人が“まあ、なんてすばらしい言葉でしょう!誰の言葉ですか?”と訊かれて、びっくりしたのです。

それで、さっそく次の週に英語の聖書をプレゼントしたということがありました。

白人で教会に行ったことがある人なら絶対に聴いたことがあるだろうと思われる、この愛の章の最後の言葉、「いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。

このうちで最も大いなるものは、愛である」という言葉は、「主の祈り」と同じくらいに知られていると思います。

そして、この信仰・希望・愛という順序は、単に「愛」を強調するためのものではないと思うのです。

<信仰>

信仰がなければ何もはじまりません。今、私の家に野良猫が生んだ子猫が2匹います。一匹は少し早くきたので、慣れてきましたが、最近きた兄弟猫は、私たちをまったく信用せず、すぐに隠れてしまいます。

同じように、私たちが神さまを信じることが出来なくて、逃げ隠れていたら、神さまと交流することができません。

神さまを信用し、身を寄せることが出来るようになれば、私たちは(主にあって)安心して今日、明日を生きていけるようになります。

<希望>

私たちが神さまを信じ、日々を歩むようになると、明日への確固たる希望が生まれてきます。そして、希望は希望を生み、喜びにあふれた人生になります。

<愛>

そのように、信仰・希望によって、私たちは、自分の幸を達成することができますが、それは、自分だけのものです。

そして、その幸が神さまからくるのだ、神さまの愛からくるのだと気がつくようになると世界が一変し、ひろがってゆくようです。

私がそのことに気づいた時、心の底から熱いものがわいてきたのです。それは神さまの愛から誘発されたものでした。それが、ここで語られている“愛”だと思います。

パウロは、この愛こそが永久につづく最も偉大なものだと言いました。

<イエスさまの新しい戒め>

『13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 13:35 もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。』(ヨハネによる福音書13章34,35節)

ロバート・イー


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