たかが食べ物、されど食べ物〜食事が私の命を守ったのです。

▶︎ 主とわたし・・

私は、生まれた時、(下痢が止まらずに)死にそうになった者です。いわゆる病弱な子だったので、母は私の食べ物に異常に気を使っていました。

いつも食べろ、食べろで、“これは身体にいいから”と言われるものは、どれもみな決まって“まずいもの”でした。

それで、ますます食べなくなり、人生“食べる”ことがなかったらどんなにいいだろう“と思っていました。それだけ食べることが苦痛だったのです。今から思うと贅沢な話です。

母は、食べ物が人の命を守るものだと信じていて、健康に良いと言われるものは、何でも食べさせたいと思っていたのです。でも、逆に、私は、“身体に良くない”と言われるものが“美味しい”のだという事実を発見していったのです。

<料理の基本は6味(塩味、甘味、苦味、酸味、旨味、辛味)>

料理の基本は、6味(塩味、甘味、苦味、酸味、旨味、辛味)と言われますが、旨味って何かな?グルタミン酸のような味?

母のミステイクは、この6味を抑えたことです。味が薄い、味がない。一番重要な塩気がたりない。母には、濃い味は身体によくないという先入観があり、どんなに良い食材を使ってもインパクトのあるものを料理しなかったのです。

身体に良いものということを最優先にしていたからです。後に、母も料理は美味しくなければならないということに気がついたのですが、too late! (遅いんだよな)。

大阪の人は、東京の味が濃すぎて食べられないと言うし、東京の人は、その反対ですね。だから、その加減が難しいのですが、強弱つけたバランスが料理のアートなのでしょうか。

<食べられることは幸せ>

アメリカに来て、苦労して稼いだお金で食材を買い、ワイフが調理してくれる。そうなると食事が楽しみになりました。骨があるからと魚を食べなかった私が、魚にはそれぞれ違う味があるので楽しいということを知りました。

私もワイフも東京育ちですが、私の方が濃い味を好みます。私が卵に塩・胡椒をバンバンかけると、(私の健康を心配してか)ワイフに“かけすぎですよ!”と注意されます。

私は、自由に・気楽に食べたいです。フレンチ料理のウエイターのご託など聞きたくない。使っている魚がなんであっても、美味しければ、“この魚なんですか?どのように料理されたのですか?”って。こっちで聞きたくなります。

それなのに食べる前にゴタゴタと作り方まで講義してくれるのはやめてください!“黙って食べさせてくれ”と思っちゃう。

私はシンプルな料理が好きです。手をかけようがかけまいが、美味しければいいじゃん、と思うからです。お昼にひとりで中華料理を食べながら、ナプキンに仕事のメモを書いていたり、本を読んでいたり。いいじゃないですか、ちゃんと食事は楽しんでいるのですから自由にさせてください。

<YouTubeに感謝>

癌の治療(化学療法)の副作用は、吐き気、下痢、便秘、食欲不振などで、とにかく食べて体重を減らさないようにと言われます。でも、食べられません。

食欲がないんです。それで、YouTubeで食べ物の動画を見ました。魚をおろすのをあまりに見たので、やったことのない三枚おろしなんか簡単にできそうな気がしてきます、本当に。

うん、みんな美味しそう。ステーキから刺身、天ぷら、とんかつ、何でも美味しそう。そのようにして食欲をつけても、いざ食べようと思っても、副作用で食べられない(胃からお断り)時があります。でも、食べようという意欲があるというのは大切です。

それから、この小鯵の干物、こういうのをつまんで、私は、食欲をすすめたのでした。

その頃は、まさに食事が私の命を守ったのです。とにかく、美味しいものを食べる。食欲をそそるものを食べることです。

今は、パンデミックで、日本に行けないけれど、パンデミックが開けたら、天ぷら屋のカウンターに座り揚げたてのキスが食べたい。

衣のサクっとした感覚の後のあの白身魚のふんわりした食感がたまらない。いや、海老やイカ、山菜もいい。全部、おまかせだ!

『6:25 それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。 6:26 空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。 6:27 あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。』(マタイによる福音書6章25~27節)

ロバート・イー


にほんブログ村 音楽ブログ ゴスペルへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ