コロナ渦〜カトリック信者の奥さんによって病床洗礼を受けた病床のご主人は幸せいっぱいに召天しました

▶︎ 主とわたし・・

<カトリック教会の考え方>

妻の中学時代からの友人で、カトリック信者の方が、病院で自分の夫に「病床洗礼」を授けたというテキストを読ませていただき、うれしい驚きをおぼえました。

コロナ渦で、神父さんが病室に入れず、カトリックでは、信者が洗礼を授けることができるというので、信者の奥さんがご主人に洗礼を授けたのだそうです。

アメリカでは、コロナ渦で、どこの病院でも病人以外の人は入れなくなりました。私が緊急入院した時も妻は入れませんでしたが、日本では危篤の患者さんの家族は大丈夫なようですね。それで、カトリック信者の奥さんがご主人に「病床洗礼」を授けたというのです。

私の知るかぎり、プロテスタント教会で、信徒が洗礼を授けることができるという規定のある教会を知りません。

それに、カトリック教会では、「病床洗礼」は、“天国どろぼう”といわれて、あまり喜ばれないと聞いていたので、信者の奥さんが未信者の夫に洗礼を授けることができたというのは、うれしいことでした。

前に、聖公会の義兄から「聖公会では、緊急時の時には、平信徒でも洗礼を授けることができるという規定がある」と聞いていましたが、おなじ考え方なのだと思います。

そして、今、祭司がかけつけることが出来ない時ですから、傍に居る信者である妻が死にゆく夫に洗礼を授けることができたというわけですね。

<洗礼とは>

『6:4 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。・・・ 6:8 もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。 6:9 キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。』

 

“洗礼”とは、主イエスと共に死に、主イエスと共によみがえることです。

神の救いを受けたいと願う人に、祭儀をもって、主イエスのことば伝えることです。それは、「子よ、怖れることはない。主があなたの罪を負ってくださったから、安心して、己を主にゆだねなさい」ということです。

<祭司となった奥さんの手で>

この日、奥さんは、祭司となり、聖なる水(聖霊のしるし)で、ご主人に洗礼を授けました。奥さんは、ご主人と共にすごした日々を神に感謝しつつ、“洗礼”という神さまからの究極的恵みを手ずからご主人に渡すことができたのです。なんと幸いなことだったことでしょう。

我らの救い主イエス・キリストに栄光あれ、私たちも共々に神の栄光を称えます!

ロバート・イー

 


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