「一ヘクタールに一頭の牛」
先週、取り上げた三友盛行さんの言葉が気になる。一ヘクタールは一頭の牛が一年間、十分に食べることができる土地の広さだという。これ以下だと牛は十分に養われず、牛から笑みが失われていくのだという。だから三友さんは誰が何といおうと与えられている土地以上の牛を増やさない。
三友さんは“牧者”(酪農家)である。その職業は“牧師”と多くの共通点がある。今日の酪農はとにかく家畜の数を増やしていくことに関心が寄せられ、 そのことが成功の基準となるという(牛の笑みと引き換えに)。それがいかなる分野であっても、私達はいつの時代も数が多いもの、大きいもの、華やかなも のに関心を寄せていく。
これは教会についても例外ではない。イエス様は弟子ペテロに対して「私の羊を養いなさい、飼いなさい」と言われたのであって「羊を数多く集め、それを 経営しなさい」と言われたのではない。しかし、どうしたことか、いつの間に か「教会を牧会する」ということが「教会を運営する」という心構えになってしまう。「羊を養う」ということが「頭数を増やす」ということにとって変わる。
数云々とか時代の流行に流されない、振り回されない軸をこの方はもっている。それでいて、その表情は父の懐に憩う安らぎと子供のような無邪気さで満ちている・・・。
心を探られ教えられました。 マック