こうして教会は(8)主にある交わりから得るもの

「心の貧しい人たちはさいわいである。天国は彼らのものである」(マタイ5章3節)

「心のきよい人たちはさいわいである。彼らは神を見るであろう」(マタイ5章8節)

わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである」マタイ12章10節)

死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利はどこにあるのか」(1コリント15章55節)

このような私達の常識では理解できない聖書の言葉は机上で思索して知り得るものではないと思うのですが、いかがでしょうか・・・。

それではどうしたらこれらの言葉の真意を知ることができるのでしょう・・・。

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こうして教会は(7):洗礼について

2000年前の初代教会が「悔い改め」と「洗礼」というメッセージに応答した人達によって始まり、形成されていったということ、そして、そのことは今日の私達の教会も何ら変わりがありません。そこで、今日はこの「洗礼」ということについてお話ししたく願っております。

意外に思われるかしれませんが、聖書はイエス・キリストが公生涯を始めるにあたり、バプテスマのヨハネに自分に洗礼を授けるようにと願い、ヨハネから洗礼を受けられたということが聖書には書かれています。

なぜ「意外」と申し上げたかと言いますと、先週、お話ししましたようにイエス様ご自身もヨハネも、またペテロも「悔い改めて、洗礼をうける」ことをメッセージとして勧めてきたのであり、そうなりますとイエス様にも「悔い改めること」、すなわち「罪」があったのかということになります・・・。

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こうして教会は(6)悔い改めよ。

今日、伝道メッセージが語られる時、このような語りかけがなされることがあります「さぁ、今、あなたの心の扉を開き、あなたの王座にイエス様に座っていただきなさい。あなたの心の扉のノブは外側にはなく、イエス様はそのドアを開けられないのです。そのドアは内側からしか開けられないのです。ですからあなたの手をノブにかけ、扉を開け、イエス様を心にお招きしましょう。その時にあなたは救われます」。

この言葉は大方、正しいことを言っています。なぜなら、この言葉はあのヨハネ黙示録の御言葉を念頭においたものだからです。すなわち聖書が記していることだからです。しかし、一つのことが不足しています・・・。

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こうして教会は(5):命の言葉を堅く持って

フランスの哲学者ヴィクトル・シェルブリエ(Victor Cherbuliez)によれば、紀元前1500年から紀元1860年までの3360年間に署名された平和条約は世界で約8000件もあったといいます。しかし、どれも平均2年しか続かなかったといいます。その条約が結ばれた時、彼らは恒久的な平和を願い、努力を誓い合いました。しかし、それらは2年で破棄されてしまったのです。

私達の言葉はたとえそれが誓約であっても、それは時と共に移り変わるものなのです。覆されるものなのです。

しかし、聖書の神の言葉、命の言葉は変わらず、私たちを真に生かします。このことに対してマタイは大胆なイエス様の言葉を記録しています「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることはない」(マタイ24章35節)

 昨日は正しいとされていた事柄が、今日は正しくないものとされる今日、いのちの言葉は決して代わることがない。たとえこの世界は滅びてしまっても、いのちの事は決して滅びないとイエス様は言われるのです。

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こうして教会は(4):通じ合う言葉と心

10年ほど前にカリフォルニア・ピザ・キッチンに家族で食事に行きました。トッピングをオーダーしました。オリーブが好きな私達は「Black Olive」をオーダーしました。しかし、出てきたピザにオリーブの姿はなく、その代わりに「Broccoli」がのっかっていました。

二度、そのレストランに行き、二度、同じことが起こりました。日本人にとりましてRとLの発音はチャレンジです。私達は「Riceをください」と言いながら、「Liceをください」と受け止められているとしたら恐ろしくなります・・・。

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こうして教会は(3):聖霊と共に歩む価値

ある哲学者は言いました。「人間とは単独者だ。たった一人だ」確かにそうかもしれません。人間とは人の間と書きますが、実際は一人であると言えましょう。人である限り、私達は孤独を知る者です。人からの理解や励ましや慰めを得られないということも多々、ありますでしょう。しかし、そんな私達を聖霊は今も助け、力づけて下さるのです。聖霊はいつも私達と共におり、私達を励ましてくれるお方なのです。

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こうして教会は(2):今、私達に何よりも必要なこと

20年前、私達夫婦に最初の子供が生まれる前に、私は日本の母に電話をして「出産」に関する本を送ってもらいました。一週間後に数冊の本を受け取って、事前の知識を得ました。そう、それは出産に対する本、数冊分の情報です。しかし、今はどうでしょうか。日本からこのような出産本を送ってもらう人はもはやいないのではないでしょうか。なぜ?インターネットがあるからです。

「出産」という言葉をグーグルで検索しましたら6億4700万件の関連記事が一秒で出てきました。「結婚」という言葉を検索しましたら16億6000万件、「子育て」に関しては2億5700万件、「うつ病」に関しては5980万件でてきました。これは日本語での検索です。他の言語を加えましたら膨大な数となることでしょう。

私達はこの中から何を選べばいいのでしょうか。この中には「怪しいもの」も多く含まれることでしょう。「本物」はどこにあるのでしょうか。

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こうして教会は(1):原点に立ち返る

 


この世には老舗旅館や老舗の和菓子店というものがあります。中には創業は江戸時代で300年、暖簾を下げていますというようなものもあります。そんな話を聞きますと私達はすごいなーと思います。

しかし、クリスチャニティーは2000年来、見えない神を信じ、この神と共に歩み、イエス・キリストの十字架を信じなさい、そうしたら救われるということを言い続けており、そのことに応答する人達が今も絶えることがないのです。こんなこと普通で考えたらありえないのです。

それではなぜ、そのありえないことが2000年もの間も継続されているのでしょうか。よほど2000年間、人間がしっかりしていたからでしょうか。いいえ、キリスト教会はこの2000年の間に多くの問題を起こしてきました。

そして、その主犯は言うまでもなく私達人間です。すなわち人間の力によってこの2000年もの間のクリスチャニティーが保たれているのではないのです。それではなぜか?答えはこのことに尽きます。すなわち2000年前に弟子達の上に注がれた聖霊がそれ以来、教会の上に注がれ続けてきたからです。

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