釣りの誘い

昭和50年頃だったと思います。生まれて初めて自分のこづかいで釣り道具を買いました。一本100円の釣竿(と言っても、竹薮で切ってきた、まさしく竹の棒そのもの)、板オモリ(懐かし)、ハリ、テグス、ウキ、ゴムカン・・・。壺の中からおじいちゃんが、箸で取り上げたミミズの塊を新聞紙に包んでくれたのを鮮明に覚えています。これら一式、全部で500円ぐらいだったかと記憶しています。

場所は千葉県神崎、利根川につながる用水路。ウキがピクピク動き、初めて自分で釣りあげた小鮒の黄金に輝く魚体を忘れることができません。その時に手に伝わってきたあの小鮒の躍動を感じたくて、今も、そしてこれからも釣りに出かけます。

そこにどんな魚が生息しているのか。
彼らは何を好んで食べるのか。
餌がどんな動きをすれば、彼らは食いつくのか。
彼らがいる水中はどんな環境なのか。
いつ彼らは餌を求めるのか。

釣り人は水中で泳ぐ魚の気持ちになりながら、何度も竿を振ります。

かつてイエス・キリストはペテロ、ヨハネ、ヤコブに声をかけました。「今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」(ルカ5章10節)。キリストは彼らに「鹿を仕留める狩人になるのだ」とも「空の鳥を射抜くハンターになるのだ」とも言いませんでした。この言葉はやはり「漁師」でなければならなかったのだと思います。

8月24日、桟橋で釣り糸を垂れたいという方、ご連絡ください。魚の気持ちになって、夕食を釣り上げましょう!朝の冷たい潮風は最高です。桟橋で飲むコーヒーは格別です。God is Good!

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