「くだらなさ」の効用

実にくだらない!昨日の「風船ガム」の記事を読み返してみたけれど、我ながらくだらないね~。監督がガムを噛んでいようといまいと、それによって「心が解放されました」とか「悩みが解決されました」なんて人いないもんね。

でも「くだらなさ」の中には、今日の狂気じみた世の中を生きるにあたり、確かに私達がその狂気に走ることを踏み止める何かがあるように思われるのであります。でも、行き過ぎるとこれになる可能性おおいにあり)。

そういえば、伝説によるとジーザスの弟子だったヨハネは晩年、「弓の弦はいつもピンと張ったままではいけないよ。時には弦もゆるめないと」と言っていたそうな。きっと彼は「くだらなさ」の効用というものを知っていた我が同胞なのではなかろうかと勝手に嬉しく思っているのであります。

そして、それゆえに常人がまともに聞いたのなら頭がおかしくなってしまうであろう、あの「ヨハネの黙示録」の諸々の未来の出来事を受け止め、それを冷静に書き記すことができたのではないかと思うのです(私的解釈ですので、全世界の神学者様の反論、追及、断罪はすべて受けかねます)。

ということで、私がブログ上で「くだらない」ことを書いている間は、ワタクシ、ダイジョーブです。それが、どうやら最近、「隙のないこと」、「正論」ばかり書いているなと感じましたら、安否を問う連絡をくださいませ。

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マック

追伸:くだらない投稿以上の文字数で昨日の記事にコメントを残してくれた田崎真一は、これから先、追い込まれて、へこたれてしまうことはないだろう(笑)。

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