「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ」(聖書: 伝道の書7章2節)
今日はサンディエゴに来た当初、お世話になったSさんの葬儀がありました。最近の葬儀は「Celebration of Life Service」と呼ばれることが多く、私たちは故人との別れを悲しむよりも、その人の歩まれた人生を皆でお祝いします。
今日のサービスではSさんとの思い出が友人達によって語られました。「彼が放つスリーポイントシュートは誰も止められなかった」「焚き火を前に何を話すかでもなく、彼と一緒に過ごした時間が忘れられない」「幼い頃、彼とよくいたずらをしたことが懐かしい」。どの思い出にも皆の笑いが伴い、Sさんの笑顔が思い起こされました。
時に葬儀は私たちに大切なことを教えてくれます。その時には誰もその人がどれぐらいの地位にまで上り詰めたとか、どんな学位をもっていたとか、どれだけの財産があったかなどは語らないからです。そうではなく、葬儀は「そんな暇があるのなら、これをしてよ、あれをしてよ」と言われるような日常の些細な時間が、実はかけがえのない宝であったのだということを私たちに気がつかせてくれるのです。
明日のサンディエゴ日本人教会のバイリンガル礼拝は午前10時30分から始まり『アンナス&カヤパ:「ねたみ」に代わるもの』(大倉)というタイトルでメッセージをお話しします。youtube.com/@sdjcc