これからの四十路をサバイブするために、時々、ジムに行く。周りには「その筋肉を何にお用いなさるのですか?」と聞きたくなるようなボブ・サップやハルク・ホーガンみたいな人達がわんさかいる。
そして、そこは人間を観察するにはもってこいの場所。先日もプールで泳いでいたら、気になるおじさんがプールにつかっている。格闘家のような体で頭はスキンヘッド。髭はZZトップ。しかも、その髭が燃える柴のようにオレンジ色に染まっている。
そのおじさん、私の元に近づいてきて色々なことを話し始めた。聞いていると今日、とても腹がたったことがあったという。どうやら近所のティーンの悪ふざけにそうとう頭に血がのぼったらしい。「ああいう子は刑務所に送って、しばらく躾を学んだ方がいい。あそこはなかなかシンドイところだぞ」って、なんか昨日までそこにいたようなリアルな口調。そして、そうかもな、本当にいたのかもなと思わせる威圧感・・・。
彼の外観のインパクトに、時おり見せるおじさんの優しい眼や、そのティーンを彼なりに心配している思いは脇に追いやられる。「偏見」というのは最初に目から入り、語られる話の内容で固められて、他の肯定的情報の門戸が閉ざされていくという典型的な例。四十を前に不惑は遠し。自戒。
「顔かたちや身のたけを見てはならない・・・。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」 サムエル記上16章7節

マック
追伸:おじさん、最後には「Have a nice day!」と泳ぎに戻っていきました。