20年前の今日、明け方5時頃、私は生まれてはじめてアメリカ大陸に立った。朝霧がたちこめるオレゴン州、ポートランド空港だった。太平洋を渡り、機内からエアポートに一歩、足を踏み入れた時のことを今でも覚えている。
朝5時の空港に人は・・・、いない。で、でも椅子が並ぶ待合室で帽子をかぶった男性が一人、座っている。あの人はこんな朝早く何で一人でここにいるのだろう。合衆国で初めて見る人。どんな人なんだろう。そんなことを思い、ちらっとその男性を見て通り過ぎた。「????」「あれ?」
そこには、一人ポツンと座る故川谷拓三さんがいた・・・。
まさか合衆国第一歩をあの素敵な照れ笑いが迎えてくれるなんて!ハンバーガー、マッシュポテトを覚悟してやって来たわけだけど、米国到着早々「日清のどん兵衛」が食べたくなった(あえて説明しませんが、分かるよねー)。
マック
追伸:拓三さんは「オレゴンから愛」の撮影に来ていたらしい。あれから20年。「サンディエゴからジーザスの愛」を伝えている。
あの時の川谷氏は髭モジャモジャだったのよな。これから入国ってえ時にモジャモジャだった訳だから、日本で役作りのために伸ばしてたんだろうね。訃報を聞いた時に思い浮かんだのはお馴染みの剃り跡の青い笑顔じゃなくてポートランドでの髭モジャだったもんな。
たしん
そうだったね。確かに「あのひげ」は印象的に覚えているよ。任侠ものの映画で泣く子も黙るような迫真の演技をしていたようですが、とても気さくな人だったという記憶があります。
私も訃報を聞いた時はポートランドでの姿を思い出しました。
数ヶ月前、インターナショナル・セクションが充実しているDVDレンタル屋で、「組織暴力対県警」(英題は”POLICE VS. THUGS)という映画を借りて観た時、川谷さんは取り調べ室で、すっぽんぽんになってたよ。あと、倉本聰氏の初期の脚本のドラマ、「前略、おふくろ様」のトシオさん役が最高だったな。
役者、拓三さんは生前「3000回殺された男」と呼ばれたそうだね。たとえ、それが演技であっても、その経験は「人間:川谷拓三」に大きな影響を与えたのではなかろうか。ワシらが見えないものを見ることができたのではなかろうか。
「悲しみの家にはいるのは、宴会の家にはいるのにまさる。死はすべての人の終わりだからである。生きている者は、これを心にとめる」 聖書:伝道の書7章2節
*この言葉はビートたけしがバイク事故で死線をさまよった後に書いた著書「たけしの死ぬための生き方」の見開きページに書かれている言葉です。