エジプト文明にしても、アンデス文明にしても、その古代建築物の精巧さには驚く。彼らは太陽や星の動きを知り、今日ならコンピューターがはじき出すような複雑な計算をその頭で解き、驚くべき世界遺産を造ってしまった。

なぜ古代の人達はあんなに賢かったのだろう。時々、そんなことを思い巡らす。彼らには計算機や望遠鏡もなかったのに。彼らと私たちの違いは何なのだろう。

一つ、思い当たることは、彼らは私達以上に自然に直に接し、そして、雑音雑事に悩まされることなく“熟考する時”というものがふんだんにあったのではなかろうかということだ。

これは私の勝手な考えなのだが、私たちは誰しもある程度の考え(ひらめき)には行き着く。しかし、そこから先にさらに深いことを見出すためには、じっくりと静かな場所で一人思い巡らすことが絶対不可欠なのではないかということだ。故にテレビもなく、電話もなく、陽が暮れれば、一人静かに瞬く星空を眺めていた人間は、現代人が獲得することができないような驚くべき知恵を得たのではないかと思う。

静まって、わたしこそ神であることを知れ」。 聖書 詩篇46篇10節。

この言葉に生きるなら、私たちにも驚くべき知恵が与えられると思う。

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