「武器よさらば」とか「老人と海」などの著作で有名なアーネスト・ヘミングウェイが、こんな話を書いています。
あるスペイン人の父親がマドリードへ逃げた自分の息子と和解することを決意して、エル・リベラルという地方紙に「パコ、火曜日正午にホテル・モンタナで会ってくれ。何もかも許している。父より」という広告を出しました(パコとはスペイン語でケンジとかタカシというようなありふれた名前だそうです)。はたして、この父が火曜日正午にホテル・モンタナに行くと父を待つパコという名前の若者800人で埋め尽くされていました・・・。
聖書は神を父とし、私たちをその子とする関係で記している。そして、その父の姿は“かつては自分と共にいた子を探す父”として描かれている。
新約聖書のルカ伝には、勝手に父の元を離れ、放蕩三昧で身を落とした息子が父のもとへ帰るというイエスの譬が書かれている。父は今か今かと、この息子の帰りを待つ。そして、一目遠くに悪臭ただよう変わり果てた息子を見ると、彼に走りより、その首を抱いて接吻して迎える。
最近、ハリウッド映画に父と子をテーマにした作品が目立つ。心理学者の間では今、父の存在がクローズアップされている。父親不在と言われる今、パコは街中いたるところにいる。
天のとうさんは、君の帰りを待っている。君の年齢がいくつであっても。
マック