仙台からさらに北上すると一ノ関という町がある。そこからさらに車で山間をぬけていくと千厩(せんまや)という小さな集落がある。そこにクラッシュ・ジャパンのベースキャンプがあり、世界中からボランティアがやってきて、そこを拠点にして被災地に出て行く。
そこに私達の教会からバートン&キャサリン夫妻が一年間、そしてDJができる限り長く・・・と滞在している。彼らは週に何度か、他のボランティアの者達と各地の仮設住宅にある集会場に出て行く。コーヒーやワッフルを作ることができる一式セット、そして折りたたみの簡易テーブルをいくつも持参し、 到着すると手際よくテンポラリー・カフェを設置する。
その日は気仙沼の仮設住宅。ドアを開けると既に仮設住宅に暮らす10名ほどの婦人達がおり、「フラの先生は来たか」と言う。そう、彼女たちはフラを楽しみにしていたのだ。しばし、キャサリンがフラを踊り、やがてそれは傍観するものではなくなり、皆が踊り出す。誰しもが言うことだが、神はキャサリンに私達が真似の出来ないような笑顔を与えられた。その笑顔により、皆の心の扉は開かれていく・・・。夫のバートンはそんなキャサリンを優しく見つめ、DJはせっせとコーヒーを煎れ、ワッフルを焼く・・・。
気仙沼では気仙沼聖書バプテスト教会の千葉仁胤先生ご夫妻との出会いがあり、先生ご夫妻と共に気仙沼の仮設住宅をまわらせていただく。中澤先生もそうだったが、被災地を何度も訪ねていらっしゃる先生方の先を急がない懐の深さというのか、にじみ出る優しさというものは、先生方がもって生まれたものなのか、それともこの一年の間に先生方が涙の祈りと共に得たものなのか・・・。なんでも合理的に効率ばかりを気にするようなアメリカから来た牧師として、自らの小ささを深く感じる時となった。
あの震災を体験された方達の傷の深さや悲しみを前に私達は無力さを感じる。でも、時間はかかるだろうけれど、きっと小さな小さな言葉や行いの積み重ね、そう、カフェを設置し、たたみ、設置し、たたみ・・・というようなことが少しづつ、少しづつ、閉ざされた人の心を開いていくのではないかと信じている。
千葉先生と話し、バートンにも児童施設で絵のクラスがもてるような予定ができた。少しづつ、少しづつ・・・。これらの小さなことをスキップして、本当の希望をつかむことは決してできないから。
マック
追伸:バートンやDJの目下のチャレンジは彼らには日本語が分からずにカフェを開いても、皆の話を聴いてあげることができないこと(ましてやその地には同じ日本人でも難しい方言があります)。日本語が話せて人々の話を傾聴し、彼らの通訳となることができる方を求めています。これから子供達に絵を通してその心に関わるような機会が増えてくると、ますますそのニーズは広がります。
ご無沙汰しています。
宮城、岩手に行かれたのですね。
感動しました。
それに、うれしく思いました。
先生、行って下さってありがとうございます!
fkm1225さん!
ごぶさたしております。
皆さん、いかがお過ごしですか?
このたび、東北に行かせていただいたことは、自分の中でとても大きなことでした。こちらで何ができるのかを祈り、考えています。
いつかまた皆さんにお会いしたいです。こちらにもまた、いつかいらしてくださいね。