「道々、お話になった時、また聖書を解き明かしてくださった時、お互いの心が内に燃えたではないか」(聖書:ルカ24章32節)
上記の言葉は二人の弟子が復活されたイエス様と共に歩んでいるということを知らずに、後になって、それがイエス様だったということに気がついた時の言葉です(6日の礼拝メッセージの中でその時のことを描いたレンブラントの絵を紹介しました)。
イエス・キリストは家族にも弟子達にも形のある遺産を何も残しませんでした。しかし、この言葉から分かるように彼らの心には多くのものを残していかれました。この二人の弟子は生涯、その時に感じた熱い思いを忘れることなく、自らの励みとしたことでしょう。同じように福音書の記者達はイエス様が彼らの心に残していってくださった言葉と行いを万感の思いを込めて書き記したに違いありません。
福島第一原発の近辺に家をもっておられる方達に一時帰宅が許された時、家から持ち出すものとして、まず第一にアルバムをあげていたということが心に残ります・・・。
「Legacy always beats Currency」という言葉があるといいます。思い出や生き様というものはいつも財産に勝るのだという意味なのではないかと思います。礼拝メッセージのために伝道の書を日々、黙想しながら、そんなことを教えられています。
財産は目減りします。しかし、かけがえのない思い出はその人の心にいつまでも残ることでしょう。そう考えますと一日一日がとても大切な時となります。
マック
追伸:「わたしは平安をあなたがたに残していく。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる」(聖書:ルカ14章27節)