「魂」だけではなく・・・

J 礼拝メッセージを準備しながら祈りに導かれることがよくある。今日は使徒信条(Apostles' Creed)の最後にあたる「からだのよみがえり、永久の命を信ず」からメッセージを備えつつ、多くのことを教えらた。

なぜ、このところで「魂のよみがえり」と書かれていないのか、なぜ「からだのよみがえり」なのか。テサロニケ第一の手紙5章23-24節には「うか平和の神ご自身が、あなたがたを全くきよめてくださるように。また、あなたがたの霊と心と体とを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの再臨の時に、責められるところのない者にしてくださるように。あなたがたを召された方は真実であられるから、このことをしてくださるであろう」とあるが、ここにも「霊と心を完全に守って」とは書かれておらず「霊と心と体とを完全に守って」と書かれている。ある老宣教師がこれから宣教に出て行く若い宣教師に送った言葉を思い出す。

「あなたは魂を愛するのではなくて、人間を愛してください」。

魂ばかりを見ていると大切なものを見失ってしまう。特に牧師はその職が煮詰まってくると、その傾向が大。そんな自らを悔い改め、からだと共にこの世俗世界を生きている「トータルな人間」というものに目を注がせてくださいと祈る(わたしはきよめ派に属するものですが「きよめ・ホーリネス」ということも上記の聖書の言葉にあるように「魂のきよめ」以上のものとして、とらえていかなければいけないと考えています)。

マック

追伸:イエス・キリストも「魂」ではなく、いつも「人間」に目を向けていましたね。

 

 

 

 

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