「走る小説家」と聞くと多くの方が村上春樹さんを思いおこすと思います。村上さんはランニングをこよなく愛する方で、今も走りながら小説を書き続けています。そんな村上さんがこれまで耳にたこができるほど聞かされてきたことは「小説というのは不健康なところからでてくるもんだろう」ということでした。確かに太宰治にしても、芥川龍之介にしても心の闇を糧にして言葉を絞り出してきたような人達で、彼らが早朝にランニングしている姿を想像することはできません。
しかし、それに対して村上さんは小説には不健康なもの、すなわち毒が不可欠だということを認めつつ、その毒を取り出してくるためには身体そのものが健康じゃないと毒なるものを支えきれない、自分の中にある獣のようなものをおびき出すためにも体力が必要だというのです。それゆえに村上さんは書きながら、同時に走り続けているというのです。
この村上さんの心情を知った時、ここ数年、私がなんとなく感じていたことを村上さんが言葉にしてくださったように思いました。とかく教会では霊性だけが注目されがちですが、もっと私達は身体についても目を向けるべきではないかと思いました。
『あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのない者にして下さるように』(1テサロニケ5章23節)
マック
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