ことごとく本質

夜の集会から帰宅。今晩は皆でヨブ記を開いた。

わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。
主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな

(ヨブ記1章21節)

われわれは神から幸いをうけるのだから、
災いをもうけるべきではないか
」                                                            

 (ヨブ2章10節)

この言葉を前にして、普段あまり使用されていない、
 頭と心の奥底が呼び起こされて、
もぞもぞと動いているような感じがする。

マック

追伸: 参考資料:開高さん

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