その時、イチローは・・・

6月14日、午後7時10分、我々15名の者達はペトコパークのホームベース上に陣取り、鈴木イチローの安打記録達成を待ち望みました。しかし、その日のイチローはベンチスタートで、その姿がベンチからあらわれることなく、私達はひたすら彼の姿を待ち望みました。

そして、いよいよその日の最初で最後の代打のチャンスが八回にめぐってきました。ここで打ってくれたらローズとタイになります。私達の期待は最高に高まったのですが、残念、安打は生まれませんでした。私達がベンチから50メートル上でイチローの出場を今か、今かと待っていた時、ベンチの中で彼は何をしていたのか、そんな光景を一部始終、撮っていたカメラマンがいました。

ベンチの中でイチローは若手を鼓舞しつつも、入念にバットを確認し、ストレッチをし、出番に備えていました。バットを置くときの慎重さ、しかも、それを自分の横にいつも大切に立てている、こんな選手はメジャーにはいませんでしょう。あたかもそれは刀を大切に自分の傍に置き、出陣を待つ侍の姿と重なりました。

私達がその日に見ることができたイチローの姿は数分でしたが、私達が見下ろしていたベンチの中で彼はその数分のために手を抜くことなく準備をしていました。そう、彼はたとえその日の出番がなくともいつものように備える人なのです。イチローは言っています。

『小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行く、ただ一つの道だと思っています』

『要するに準備というのは言い訳の材料となりうるものを排除していく。そのために考え得るすべてのことをこなしていくということです』

彼がこのような記録の達成にいたったのは偶然ではなく、この記録は彼の怠ることがない日々の備えによって自ずと導かれた通過点だったのです。これからイチローのゲームを観る時は、たとえその出番がなくとも、ベンチにいる彼の姿を心に思い浮かべようと思います。ベンチにいる姿にまでファンの思いを引き寄せる選手を私はイチロー以外に知りません(大抵のメジャー選手はヒマワリの種を食べて談笑していますから・・・)。

マック

追伸:こうして彼の記録達成は次の日に持ち越されたのでした・・・。

 

 

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