先日、ある日本のニュースを見ていましたら日本では学校の副校長が不足しているということが伝えらえていました(ちょっと日本を留守にしている間に「教頭」は「副校長」と呼ばれるようになったようです。まさしく浦島太郎)。なぜなら、その副校長の職務が教員よりもはるかに多いからとのこと。副校長は実際に教壇に立つことがほとんどなく、対外的なことや教師の相談を受けたり、また多くの報告書を書かなければならないということで割に会わないということです。その番組では校庭の砂が舞い、洗濯物が汚れるという近所の苦情に対処すべく、スプリンクラーをまく作業に奔走する副校長の姿がありました。そんな目まぐるしい一日の勤務を追いかけるカメラに向かって副校長が一言。
「教師は教えてなんぼです」。
一か月のサバティカルが終わり、今日から復帰しました。終わりに近づくにつれて、現場に帰ることに渇きを感じてきました。そう「牧師は伝道牧会をしてなんぼ」ですから。そして、現場に帰ると想像していたように色々なことが待ち受けていました。「ここで生きてなんぼ」の生活がまた始まりました。
マック
追伸:現場に戻ることに渇きを感じるということ、これがサバティカルをとることの目的の一つなのだと思います。