イスラエル紀行(その5):演出

IMG_1267聖書は神と人(主にイスラエルの民(ユダヤ人))との物語で、その舞台となりました場所はヨーロッパ大陸、アフリカ大陸、そしてユーラシア大陸の接点となる猫の額ほどの土地でした(今日のイスラエルの大きさもニュージャージー州ほどしかありません)。

その場所に行って身をもって知ったことは神様がこの小さな土地の特性を十分に生かしてご自身を民にあらわされたということです。

『モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて神の山ホレブに来た』(出エジプト3章1節』

すなわち旧約聖書の時代にはイスラIMG_6808エルの南の部分、すなわちネゲブを中心とした荒涼とした風土で民は律法を授かりました。イスラエルの民は静寂に包まれた水も緑もない厳しい環境の中で神と契約を結んだのです。

『彼らが陸にのぼってみると、炭火がおこしてあって、その上に魚がのせてあり、またそこにパンがあった』(ヨハネ21章9節、10節)

これに対して新約聖書の時代のイエス・キリストはその活動の本拠地をガリラ地方に据えました。そこは豊富な水と緑を有する土地でイエス様は肥沃な土地を前に神の愛と恵みについて語りました。

舞台の演出家が背景の設定に心を配るように、神様はご自身と人間との物語を作るにあたり、その舞台の特性を十分にお用いになりました。モーセが見たものは森の中で燃えるオリーブの木ではなく、荒野にかろうじて生息している柴であり、イエス様は砂漠の石をどけて、そこに隠れる毒グモについて語るのではなく、大空に飛ぶ鳥を指さして神の御心を伝えました。聖書は神と人間の言動のみならず、宇宙万物までもが動員された壮大な物語なのです。

マック

追伸:私達の人生の舞台においても神様は色々なことを通して私達に語りかけておられます。

 

 

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