聖ヤコブ大聖堂における開眼

41uYfZBMy-L__SL500_AA300_ エルサレム旧市街、アルメニアン地区にはゼベダイの子ヤコブが殉教したとされる場所に建てられた聖ヤコブ大聖堂があります。ここは普段は一般公開されていない場所なのですが、一日一回、午後三時から30分だけもたれるアルメニアン司祭達の礼拝儀式の時だけ開放されます。このようなミステリアスなことを言われてしまうと素通りはできません。

そこでは20名ほどのアルメニア人の男達がオビワンケーノービーのガウンを真っ黒にしたようなものを着て(実に教養のない説明です。とほほ・・・)、30分間、延々と何かを朗読し、時になんとも説明しがたい印象を受ける歌をアカペラで歌い、その間には鐘をならし、鎖の先につけられたモクモクと煙をあげる香料ランプを振りながら、堂内の隅々をきよめてまわるのです。外部の者達は話すことはもちろん、物音をたてることもはばかれ、写真撮影もきびしく禁じられます(以下にある写真は儀式前のものです)。

話はとび、先週日曜日のロックチャーチの礼拝ですが、音響、照明等の設備、ミュージシャンの技術的レベルの高さを考えたら、世のトークショーやコンサートに何のひけもとらないものでした。何も知らない人が、このようなコンテンポラリーな礼拝の後にあのアルメニア人の礼拝を体験するならば、二方とも同じ神様を礼拝しているといっても理解できないと思います。しかし、実際はこの二つとも同じ神を仰ぎ、崇めているのです。

まさしく、これらの違いはこの旅の最後に訪れたヨッパでペテロが見た幻のメッセージが具体的に発展していった痕跡なのです。神様は様々な文化・言語をもつ者達が彼らの形で捧げる礼拝というものを喜ばれ、偏狭な思いに縛られ、自分の礼拝だけが最も聖書的なのだというような考えを悲しんでおられるのではないかということを教えられました。そして、その違いが大きければ大きいほど、クリスチャニティーの裾野が広がっていくのではないかと思います。

いつもは幕によって入り口はかたく閉ざされている聖ヤコブ大聖堂。「Seeker Friendly」なんて考えはここには微塵もありません。一日30分しか入れないのですから・・・。

2011年2月13日(日土) 177

中は薄暗くなんとも荘厳で歴史の重さに押しつぶされるような雰囲気。話すことすらためらうような・・・。

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そして、こちらはロックチャーチ。証明はあらゆる色に変化し、コンサートホールのような雰囲気であり、香などは当然、焚かれていません・・・。

ヨッパ最終日 雪山へ子供と 092

でもアルメニア人もサンディエガンも皆、自分達の形で、同じ神を崇めています。

神がきよめたものを、きよくないなどと言ってはならない」 使徒行伝11章9節

マック

追伸:今回の旅でルツ先生にベツレヘムの聖誕教会に連れて行っていただいた時、その教会の装飾に目を奪われました。正直言いますと、あまりにも派手派手ゴテゴテで違和感を感じたのです。そのようなことをルツ先生に話すとあっさりと「いいんじゃない」との返事。なぜなら、それが彼らの神様に対する真摯な礼拝のスタイルであるからとのこと。そう、「こういう場所は質素がいい」というのは私が生まれ育った文化と(特にワビ・サビの日本人ですから)生活背景から生まれてきたものであって、神の子なるキリストがお生まれになった場所なのだから、最高の装飾で飾りましょうという人たちがいても何もおかしいことではないのです。

また聖書物語を記す絵画が所狭しと並べられている聖堂に対して、時に自分はそれらが偶像のように思えて裁いていたことがあったのですが、実際にそのような絵が描かれた時代というのは、誰しもが聖書をもつことができない時代であり、当然文字を読める人も少ないという中、庶民は絵を見ることによって、聖書を理解したとのこと。自分の見識の浅さ、想像力の欠如と偏見を悔い改めました。

「それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである」 ピリピ2章10節-11節

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