マルコの実家にて、わしも聴いた。

エルサレムにてマルコの実家に立ち寄りました。聖書のこんな出来事があった場所です。

ペテロはこうとわかってから、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家に行った。その家には大ぜいの人が集まって祈っていた。彼が門の戸をたたいたところ、ロダという女中が取次ぎに出てきたが、ペテロの声だとわかると、喜びのあまり、門をあけもしないで家に駆け込み、ペテロが門口に立っていると報告した。人々は「あなたは気が狂っている」と言ったが、彼女は自分の言うことに間違いはないと、言い張った。そこで彼らは「それでは、ペテロの御使だろう」と言った。しかし、ペテロが門をたたきつづけるので、彼らがあけると、そこにペテロがいたのを見て驚いた。(使徒行伝12章12節-16節)

旧市街は迷路のようになっており、あっちこっちと悩みながら、なんとか見つけました。

2011年2月13日(日土) 119 2011年2月13日(日土) 120

現在、ここはシリア人教会となっていました。上記の写真の門をくぐって中にはいると教会があるのですが、小さな中庭は閑散としてり、扉は堅くしまっており、誰もいません。しばらく、中をのぞきこんでいると一人のおばあちゃんが屋上から降りてきて「入りなさい、入りなさい」と教会の鍵を開けて、中にいれてくれました。そして、シリア訛りの英語でひとしきり、私達以外に誰もいない小さな礼拝堂で、この教会について話してくれました。彼女曰く、ここは「最後の晩餐」がもたれた場所でもあるとのこと(他にも最後の晩餐の部屋というものが市内にはあるのですが、このさい、それがどっちであってもかまいません)。また、確かにここはマルコの母の家だったようです。

ここで獄に捕らわれているペテロに対する祈りがあり、その後の疑心暗鬼と驚異の喜びがあったのかと思いますと、また、おそらく復活後40日の間、イエス様はおそらくこの家でも弟子達に度々、姿をあらわしたとも言われており、そう考えると感無量となりました。そうこうするうちに、この不思議なおばあちゃんは「私達は今もイエス様が話されたアラム語を話しているのよ、聞きたい?」と言いつつ、私の返事も聞かずにアラム語で(おそらく:笑)主の祈りを大きな声でアカペラで歌い始めたのです(この間、まだ私一人:笑)。

その歌が上手なのかどうなのか、実際に言葉の意味も私には分かりません。でも、その時、確かにこの場所にその昔いて、祈りを捧げていた人たちの息遣いを感じました(きっと、このおばあちゃんは来る人、来る人にこの歌を聞かせているんだろうな)。このおばあちゃんとの出会いと歌は強烈で、私は生涯、マルコの母というと、このおばあちゃんの顔を思い出すかと思います(笑)。

2011年2月13日(日土) 121
教会内部と左下にいるのがシリア人のおばあちゃんです。

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