そんなことをしていながら教えられることは、聖書の言葉というのは頭だけで受けとめるものではなくて、五感全体で受け止め、感じとることなのだということです。
イエス・キリストによる「良き地に落ちた種」(マタイ13章3節-9節)の譬え話がありますが、この譬え話を念頭に置きながら、土の中から色々なものを拾い上げていると、机上では気がつかなかった多くのインスピレーションが与えられます。
そのインスピレーションは「既に心にある御言葉」と「指先に伝わる土の感触」、そして「目の前に山積みになっていく木屑やゴミを見る」ことにより、私の魂にゆっくりと落ちていきます。
残された自分の時間を逆算するような齢となり、自分なりの聖書の言葉へのアプローチが、こんなことから明らかにされていくことは大きな喜びです。
