またまた三尾さんのコメントから。
ハイズマン・トロフィー受賞クォーターバック、Tim Tebowはフットボールの試合で必ず目の下に聖書の言葉をいれます。今年のスーパーボールの合間のコマーシャルでは家族の大切さについて親子で全世界に自分達の信念を伝えました(記事1、記事2)
彼のようなスター選手が自らの信仰を大胆に表明することは、世俗的名声のことを考えたらあまりメリットはなく、リスクが伴うのかもしれません。しかし、彼はそんなことには動じません。
昔、アーサーホーランドが新宿アルタ前のガードレールに立って、路傍伝道をしていた時、立ち止まって話しを聞いている人たちがいました。一人の青年がその場にいると、ちょっと一杯ひっかけたサラリーマン風のおじさんが、耳元でこう囁いたというのです「あそこまでして語る何かがお前さんにはあるかい」。
この人たちは幸いな人だと思います。彼らは「俺はここに立って精一杯、生きている」ということを表明しているのですから。これはお金では買えない宝です。この間、価値観ということについて書きましたが、彼らは時代が変わっても変わることのない土台の上に自らの人生を築き上げているのですから。
マック