時には歩いてみよう

数週間前のクラクラするような暑い日に家族で外出しました。その帰り道、わが家から一マイルほどの所で、長女、次男が「ここから歩いて帰ろう」と言い出しました。私としてはこんな炎天下、勘弁してくれという思いがあったのですが、彼らと車を降り、家に向かってテクテクと歩き始めました。

その道はおそらくこれまで4567回ぐらいは行き来している道。しかし、これまで歩いたことはほとんどありません。そんな道を歩いていると、道の脇に小さな小川が流れていることに気がつきました。そして、その小川には無数の小魚がうごめいていたのです。子供たちの目は輝き、今にも水の中に入っていきそうでしたが、なんとか、その衝動を抑え帰宅しました。

私達はその前を何度も通っていながら、そこに小川があり、無数の命がそこに生きていたとはこれまで知りませんでした。なぜなら車のスピードが速すぎたからです。それは便利で、快適で、汗もかかず、苦労もないのですが、それらと引き換えに“本当に楽しい”ことを私達はミスしていたのです。

現在、家族は瀬戸内海を航行中、潮風というものを感じながら、無数の島々に灯る明かりを眺めているのではないかと思います。関東から九州までの手間隙のかかる移動ですが、心に刻まれるもの、得るものはきっと多いことでしょう。早いもの、便利なものばかりを追いかけがちな自分ですが、ちょっと考え直さなければいけないなと考えています。

そういえば神様も出エジプトしたイスラエルの民をひたすら歩かせましたね。彼らは埃まみれになり、空腹と乾きを覚えながら神と共に生きるということはどういうことなのかを学んだのですね・・・。

マック

追伸:後日、妻は子供達の絶え間ないリクエストに応えて(笑)、彼らに網をもたせて例の小川に魚獲りに行きました。その時に捕まえてきた小魚を見ながら、これを打っています。

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