震災を通して思い起こした一人の日本人

このブログを書いている朝、日本への援助を申し出ている国の数が112カ国にのぼるという新聞記事を読みました。そして、その中の国の多くがかつて(そして今も)、日本が自国に援助をし続けてくれたことへの感謝だということを表明しています。

私はその中で特にアフガニスタンが「カンダハルの住民の感謝の印だ」として援助を申し出ているということに目が留まりました(確かに今も日本国はアフガニスタンに支援を行っています)。そして、同時に2008年、タリバーンに殺害された伊藤和也さんという日本人のことを思い出しています。伊藤さんは砂漠化する荒地を農作地にするためにかの地に心を注ぎました。かの地に向かう前に「もし僕に何かあったらアフガンの土になったと思ってくれ」と母親に伝え、現地では地元の人達に「イトウサン」と慕われたといいます。



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あらためて彼のなしたことを読み、見ます時に、イエス・キリストが言われた言葉を思い起こします。

よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。 自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう。  ヨハネ12章24節-25節

多くの私達は伊藤さんがなしたような事業はできません、でも、特に多種多様な国籍をもつ人間と共に暮らす機会が与えられている私達、在外邦人はその小さな一つ一つの関わりを大切にしなければならないのだとあらためて反省させられました。どんなに小さなことでも、必ずそれはいつか何かにつながっていき、どこか私達が思いもかけない場所で実を結ぶと信じます。

マック 

追伸:現在の各国の援助の背後には、伊藤さんのような無名の日本人が多くいます。ほんとうに、ほんとうに、ありがとう。この震災がそんな皆さんのことを思い出させてくれました。

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