今から約65年前に日本は敗戦国として新しい歴史を歩み始めました。それこそ、その国土の多くを焼け野原として全てが始まったのです。今でこそ東京には空き地がないほどに建物が立ち並び、多くの人達が行きかっていますが、その当時はまさしくいたる所、焼け跡でバラック小屋がたっているような土地でした。
このような状態に一つの国が向き会います時に、そこに住む人達の気持ちは嫌がおうにも一つのことに向いていきます。そうです。そこからの復興です。それこそ日本国民が一丸となって、汗水流して働き、日本という国は再建されていったのです。
「ALWAYS・三丁目の夕日」という映画がその時代の有様を表現していますが、当時、貧しさは残っておりましたが、国全体に明日に対する希望というものがみなぎっていたようです。
そして、その努力の末、今日、日本はアメリカに次ぐ世界第二位の経済大国となりました。おそらくこのような短期間でこれだけの復興をしたという例は世界にもほとんどないのではないでしょうか。そこには日本人がもっている特性というものが十二分に発揮されたという事実があるでしょう。現在の内閣総理大臣の麻生さんが「とてつもない国、日本」という本を昨年、書きましたが、そのタイトルは大げさなものではなく、本当に日本はそのような意味において「とてつもない国」だと思います。
しかし・・・
今日、礼拝でお話したメッセージです。
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マック
「豊かさ」の先にあったもの
2009年5月17日 コロサイ人への手紙3章9節‐11節
9あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、10造り主のかたちにって新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである。11そこには、もはやギリシヤ人とユダヤ人、割礼と無割礼、未開の人、スクテヤ人、奴隷、自由人の差別はない。キリストがすべてであり、すべてのもののうちにいますのである。
「あなた物語」というメッセージシリーズが先週で終わり、今日から八月まで「日本人として生まれて」というシリーズをお話したいと願っています。あえて言うまでもなく、私達は生まれる前に「どの国の人間として生まれたいですか」という希望を聞かれて日本を選んだのではありません。ですから私達が日本人として生まれたということは、私達の意志とは関係のないことでありまして、私達の意志を超えた何かがそこにはあるのではないかということを感じるのであります。
「日本人として生まれて」などということになりますと非常に「民族的」なメッセージとして私達には聞こえますが、この根本的なテーマというのは私達が人生のどこかで取り組まなければならないものなのではないかと強く感じているのです。
個人的なことですが私は昨年、アメリカ国籍を取得しました。ですから法律上、私は今アメリカ人なのです。しかし、たとえパスポートが変わったとしても私は確かに日本的な心情を持ち合わせている者であり、おそらくそれは生涯、消えることがないものなのではないかと思うのです。
あの内村鑑三は自分は「二つのJのために人生を生きる」、すなわちJESUSとJAPANのために自分は生きると言いましたが、これから夏までの間に私達が礼拝を通して見ていきたいと願っている事は日本に生まれ、その心を持つ者として私達はどのように聖書に向き合っていけばいいのかということであります。
実は前置きが長くなりますが、もう亡くなられた方なのですが、クリスチャンであり数多くの書を記した山本七平という方が「日本教」という言葉を残しています。彼が言うことをそのまま述べますと「私達、日本人は皆、誰一人例外なく日本教の信者だ」というのです。この日本教についてその内容を知った時に私は正直、愕然としまして、このことこそがこれから自分の生涯かけて取り組まなければならないテーマだと示されたのです。
今年は「日本プロテスタント宣教150周年」だということですが、その宣教がなされて150年もの年月が経っているのに、未だに日本のクリスチャン人口は1パーセント未満なのです。そして、それはこれまでの日本人牧師や日本人クリスチャン達が怠けていたのかといいますと、決してそうではなく一生懸命に伝道をしてきたにもかかわらず、今日まで私達が「日本人とな何なのか」ということを知ることなく、すなわち伝えている対象がどんな人たちであるかということを知ることなく、ただ闇雲に諸外国で効果的であった伝道方法を用いたり、とにかく熱心に色々なミニストリーに取り組んできたのですが、どうもうまくいかずに今日あるのです。なぜなら問題はそのような表面的なことではなくて、もっと深いところにあったからです。
そして、このようなことは、程度の差こそあれいかなる国の人間であっても共有できるものであると思います。特にこの教会に集っていらっしゃる方は色々な形において日本人とかかわりのある人達だと思いますので、日本人というものはどんな人間なのかということを理解していただくこと、また、それと同時に日本人でありながら同じ人間ですから、そこから語られる聖書のメッセージは万人に有益であると信じております。
さて、その第一回ということで「日本」という国の今の現状というものを私達は見ていきたいと思います。そして、それを古代の歴史からお話しする時間は今日ありませんので、ここ半世紀ほどを振り返ってみたく願っているのです。
皆さんご存知のように、今から約65年前に日本は敗戦国として新しい歴史を歩み始めました。それこそ、その国土の多くを焼け野原として全てが始まったのです。今でこそ東京には空き地がないほどに建物が立ち並び、多くの人達が行きかっていますが、その当時はまさしくいたる所、焼け跡でバラック小屋がたっているような土地でした。
このような状態に一つの国が向き会います時に、そこに住む人達の気持ちは嫌がおうにも一つのことに向いていきます。そうです。そこからの復興です。それこそ日本国民が一丸となって、汗水流して働き、日本という国は再建されていったのです。「ALWAYS・三丁目の夕日」という映画がその時代の有様を表現していますが、当時、貧しさは残っておりましたが、国全体に明日に対する希望というものがみなぎっていたようです。
そして、その努力の末、今日、日本はアメリカに次ぐ世界第二位の経済大国となりました。おそらくこのような短期間でこれだけの復興をしたという例は世界にもほとんどないのではないでしょうか。そこには日本人がもっている特性というものが十二分に発揮されたという事実があるでしょう。現在の内閣総理大臣の麻生さんが「とてつもない国、日本」という本を昨年、書きましたが、そのタイトルは大げさなものではなく、本当に日本はそのような意味において「とてつもない国」だと思います。
はたして私達は豊かな国になりました。今や自他共に認める世界有数の経済大国です。私達が地の果てに行っても、そこには日本で作られた製品を見ることができるでしょう。当人である私達はあまり気がつきませんが、その豊かさはもう世界の中ではずばぬけています。そして、いつも日本に行くと感じるのですがあらゆる分野において細やかなところまでサービスが行き届いた国はありません。それは諸々の公共機関でも顕著ですし、家庭用品から車、家の作り、果ては細々とした文房具まで本当に行き届いています。今日、まさしく地の果てに行ってもそこでは日本車がはしり、日本の家電が使われているのです。そのような意味において、まさしく私達の祖国、日本は戦後の焼け野原で、私達の先達者達が思い描いていた夢以上のものを今日、実現したのだと思います。
しかし、いくつかのことにおいて私達は諸手を挙げて喜ぶことができないのです。そのことに多くの私達は気がついています。そして、それは日本だけの問題では決してなく、世界各国も共有するものだとも思います。では、その中で特に他国ではあまり見られない、半世紀前に願い求めた豊かさを今日、手に入れた私達が抱えているものは何なのでしょうか。
それは「漠然とした不安」であります。言い方を変えるならば「希望」というものを見出すことができないということであります。いつもお話することですが、あの村上龍という作家が日本をして「この国には何でもある。でも希望だけがない」と言ったことはとても大切な本質をついていると思われます。
アメリカにおいて色々な国の出身者と出会います。そして、実際的な事実を申しますが、その多くの国の人達は日本ほどに経済的に豊かな人達ではありません。そのような意味において明日の不安ということを考えたら、それは日本人の比ではないでしょう。しかし、彼らにはどこか明日に対する不安を日本人ほどに抱えていないという印象を受けます。しかし、私達は破格の豊かさの中に生きながら、いつもどこかで(他国では見られない)不安を抱えているように見受けられるのです。
先日、訪日しましたが私が日本に到着した日というのはちょうど「インフルエンザ」の拡大を防ぐために米国からの航空便をチェックし始めるその初日でした。ですから機内の雰囲気、空港の雰囲気というのは何か厳戒体制の感がありました。そして、その間、数日間、テレビのチャンネルを回してもどこを観てもこのインフルエンザの話ばかりで、観ている者としては不安が増す以外にはない内容でした。
しかし、アメリカに帰ってくると何もチェックはない。マスクをしている人は皆無。はっきりいってもう少し緊迫感もったらどうなんだいとも思ったのですが、それがアメリカなのです。このことは今回のインフルエンザのみならず私達の記憶に新しい「鳥や牛」の騒動にも共通するものであり、この類のことを取り上げるならキリがありません。これは明らかに日本だけで見られる独特の特徴であります。このような現象というのはどのような土壌から生まれてきているのでしょうか。
今日、読みました聖書の言葉には私達はイエス・キリストにあってかつての古き人というものを脱ぎ捨てて、真の知識に至る新しき人を着たと書かれており、その意味においてはギリシア人もユダヤ人も、割礼と無割礼も、未開の人も、スクテヤ人(紀元前8世紀~紀元前3世紀にかけて、南ウクライナを中心に活動していた世界最古の遊牧騎馬民族国家)、奴隷も自由人にも差別はない、区別はないというのです。
しかし、それであっても奴隷と自由人の間にはその生活に大きな違いがあるようにギリシア人、ユダヤ人、スクテヤ人という人達の間にも国民性とか文化というような違いというものはあるのです。パウロはそのことについて特にギリシア人とユダヤ人についてその民族の顕著な特性を指摘してコリント第一の手紙1章22節から25節において記しています。
22ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。23しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、24召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。25神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。
このところにはユダヤ人の性質として彼らが「しるしを請い求める」とあります。しるしとは英語の聖書を見ますと「Miraculous Sign」とあり、日本語で意訳しますとそれは「奇跡的に思える目に見えるもの」ということになります。
そして、このユダヤ人の特性というものを私達日本人も持ち合わせているのですすなわち、私達はこの Miraculous sign,すなわち、それは 「奇跡の復興」を求めて戦後を歩み始めたのであり、その結果、私達は今から65年前には考えられなかったような奇跡に満ち溢れたものによって取り囲まれて生きているのです。
私達は「しるし・物」にあふれた世界に生きています。このような世界を「多くのおもちゃを持っている人が勝ち」とある人がいったように、現代は多くのしるしすなわち目で見て、触れることができるもの、人が目で見て、その人となりに一目を置いてくれるもの、それらを持っている人が評価される世界なのです。そして、それが私達が今日生きている日本の土壌なのです。
そして、不思議なことにそのような土壌からニョキニョキと竹の子が生えてくるように「不安」があちこちから生まれているのです。すなわちそのことは
「Miraculous Sign 物」によって、私達に平安が与えられることはなかったということであり、それは今後もないであろうということなのです
ヨハネ伝4章にはサマリア人である一人の女のことが書かれています。彼女には人には言えない過去と今がありました。それは彼女の異性関係です。すなわち聖書に記されているように彼女は五度の結婚、そして離婚を繰り返した女性であったのです。
しかし、たとえ彼女がどんな問題を抱えていても、彼女は生きていかなければなりません。ですから、彼女はある日、水を汲みに井戸辺にやってきたのです。しかも、多くの人達に我が身の上を知られていることを思えば、人が集まる場所には行きたくないもの、それゆえに人っ子一人もいない昼下がりの井戸辺に彼女はやってきたのです。
そして、そこでイエスに出会ったのです。その時に彼女はイエスが内に秘めている何かしらの能力を察知したのでしょう、イエスに言うのです「主よ、あなたはくむ物をお持ちにならず、その上、井戸は深いのです。その生ける水を、どこから手に入れるのですか」(ヨハネ4章11節)。
彼女は「自分はなぜ五人もの男性を求めたにも関わらず、そのところで本当の平安を得ることができずにいるのか」という核心的な問題をイエスに尋ねるのではなく「そんな自分が恥ずかしい思いをすることがないように、ここに水を汲みにくる必要がないような方法はないだろうか」という「Miraculous Sign・物」についてイエスに尋ねたのです。
しかし、イエスの答えはそのような「驚くべき方法で、口に含むことができる水」についてその供給を約束したのではなくて、ただこういわれたのです「この水を飲む者は誰でも、また渇くであろう。しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、渇くことがないばかりか、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも渇くことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命にいたる水がわきあがるであろう」(ヨハネ4章13節–14節)
イエスは言われたのです「Miraculous Signはまた渇く」すなわちMiraculous Signによってあたたちは内なる平安を得ることはできない」と。
ある意味、聖書は人間に関する取り扱いの説明というものが書かれている書なのかもしれません。すなわち、イエス・キリストが「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きるものである」(マタイ4章4節)と言われたように、人はそもそも目に見える物だけで生きるように造られていないからです。電化製品を買うと必ず使用方法を説明する小冊子がついてきますが、野菜ジュースを造るミキサーにエンピツを差し込んでも、エンピツを削ることができないように、私達は人間の取り扱いを間違っているのです。
皆さん、車を運転する人がそのマニュアルに書かれていない「オイル」をエンジンに入れていることが分かったらすぐに、マニュアルが指定するものを入れるでしょう。なぜなら、そのまま走り続けるなら必ず車は壊れてしまうからです。車がそうであるなら、私達は自分に対する取り扱いが間違っていることが分かるなら、あのサマリアの女が同じ事を5回繰り返してもその心に渇きがあったというようなことを私達も繰り返さないために、イエスの言葉に立ち返るべきです。
すなわち「人間は神の口から出る言葉によって生きる」という人生を始めるべきです。
今日、読みましたコロサイ書の中にはもう一つ、ギリシア人という民族が出てきます。そして、このギリシア人についてパウロは先に読みましたコリント書において「ギリシア人は知恵を求める」と書いています。そして、このところに私達日本人の姿をも重ねみるのです。
国全体が大きな困難に直面する時に、私達は今、見てきましたように明日の豊かさを思います。そして、その明日の豊かさは「次の世代への教育」によって実現可能となっていくと私達は考えます。実際にそのことが日本国においてなされてきました。焼け野原を前に生活の安定と豊かさを求めた私達の父母は一生懸命に働き、そしてその復興のために絶対不可欠なこととして自分達が質素な生活をしてまでも子供の教育の充実を計ったのです。それゆえに、今や日本いおける高校や大学に進む進学率は世界でもトップレベルだということができるでしょう。
またいつも日本を訪ねる時に気がつくのは「書店」の多さです。もちろん、その数はインターネットによる販売や国民の読書離れによって減少するばかりだそうですが、それでも世界広しといえどもこの書店の数の多さは世界でもずば抜けているのではないでしょうか。世界レベルで見ていくならば、日本人の知識、今日でいうならば情報に対する思いには強いものがあります。
ヨハネ3章にはニコデモという一人のユダヤ人指導者について記しています。イエスは後に彼を「教師」と呼んでいますから、いわゆる当時人の前に立ち、何かを教えるというような知識人と呼ばれる人だったのでしょう。
人に何か教える者は常に、何かを内に入れていなければなりません。分かりやすくいえば日々、勉強していなければ教える内容は尽きてしまいます。そのような意味において彼には豊富な知識があったことでしょう。しかし、その彼がイエスのもとに来たのです。興味深いことにこの書を書いたヨハネはそのニコデモがイエスを訪ねた「時」までも記しておりまして、それは「夜」だったというのです。
これには色々な解釈があります。ある神学者はこれは彼が博学で尊敬を受けている身でありながらイエスを訪ねてきたことを見られたくなかったからだといい、ある人はこれはまさしく普通の人がもち得ない膨大な知識を得ていながら暗闇で包まれていた彼の心を暗に示しているというのです。
どちらもあたっているに違いありません。彼はパリサイ人であったとも書かれていますから、宗教的な知識というものもふんだんにありました。ですから彼は「神について」はいくらでも説明できたに違いありません。しかしそれだけでは満たされない、いいえ、もっといいますと、それだけでは何の意味もない学問の限界というものを知っていたに違いありません。それゆえ彼は何かを求めてイエスを訪ねてきたのです。
同じことを繰り返しソロモンも言っています。このソロモンの言葉は、その時のニコデモの言葉を言い表していたのではないかと思います。伝道の書1章16節ー8節。
16わたしは心の中に語って言った、「わたしは、わたしより先にエルサレムを治めたすべての者にまさって、多くの知恵を得た。わたしの心は知恵と知識を多く得た」。17わたしは心をつくして知恵を知り、また狂気と愚痴とを知ろうとしたが、これもまた風を捕えるようなものであると悟った。18それは知恵が多ければ悩みが多く、知識を増す者は憂いを増すからである。
このことに関しても結論は先のしるしと同じなのです。それは私達が人間としての本来の取り扱いを知らないのです。この「知識」を誰よりも得たソロモンの嘆きの原因というものを彼は自分を諭すように箴言の中でこう記しています「主を恐れることは知識のはじめである」(箴言1章7節)。ソロモンは稀なる知者でありながら言うのです、神を恐れることがあって、はじめて知識というのは積み上げられていくものであると。この取り扱いを間違える時に私達の知識は時に暴走し、そこには虚しさが満ちてくるのです。
皆さん、戦後、私達日本が力を入れた二つのことをお話しました。細かく言えばもっと多くのことがあると思います。しかし、特にその力を入れてきたもの、すなわち「物と知識という豊かさ」の中に生活している私達が今、壊れてきているのです。この豊かな土壌から私達は「言い知れぬ漠然とした不安」が生まれてきているのです。
そして、私達は信仰があるないにかかわらず紆余曲折しながらもこの事に気がつき始めています。そのような意味で私達の心は何かを求めているのです。そのような意味において伝道する絶好の時なのです。ですから私達は今日、開かれているコロサイ人への手紙のように「私達の同胞である日本人が古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着ることができる」ように神を伝えなければなりません。そして私達自身もこの朝、もう一度、本来あるべき人間の姿、すなわちパウロがここで「真の知識」といっているものに自らを照らし合わせて、自らの人生というものを捕え直し、その指針を聖書において歩みだすのです。
と、普通はここでこのメッセージは終わるのです。しかし、今回の「日本人として生まれ」シリーズではその先に触れていきます。これ以上、何を語るのでしょうか。何だと思われますか。それは私達が「日本人」であるということです。
先に触れた山本七平さんは一つの恐るべき言葉を残して天に還られました。それは「日本教」という言葉です。山本氏はこんなことを書いているのです。「『日本人』には特定の宗教はないって言われてるけれども,非常に厳格な受容と排除の基準があると発見した。それは非常に強力な根本主義、ファンダメンタリズムである。それが「日本教」という発想の原点だ」「父と息子の往復書簡より」
そして、氏曰くそれは仏教でも、キリスト教でも、それがいかなるものであれ、日本に入り込み消化される過程で、すべて日本教に変質していくというのです。そして、賛否両論あるでしょうけど彼はこの変質したキリスト教を「日本教キリスト派」とまで言っているのです。すなわち、たとえ「私達が古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着た」としても、その着物が本来あるべきものではなくなってしまうというのです。また、その「真の知識に至る新しい人を着る」ということを妨げる多くの日本的なものを私達は有しているということです。
ある意味、このようなことに礼拝メッセージとして取り組むことに対してパンドラの箱を開けてしまうような恐れがあります。しかし同時にもしかしたら、このようなことは日本から離れ、諸外国に身を寄せている日本人だから触れることができるものではないかとも思います。そして、私達は日本人として生まれた限り、このことに目をそむけてはなりません。なぜなら、そこから2000年前に全世界を照らした、そして今も照らし続けている本当の福音の光が、歪曲せずに私達の元に届くことができるのですから。どうか来週以降も祈り心をもって礼拝に起し下さい。
お祈りしましょう。
