別府にある立命館アジア太平洋大学の元学長である出口治明氏が色々なところで、人生後半の生き方について、「本」「人」「旅」を心に据えることを提唱しており、これからフォーカスすべきことを考える助けとなっています。思えば、この三つのカテゴリーを土台としてイエス・キリストは12弟子を訓練しました。
『そののちイエスは、神の国の福音を説きまた伝えながら、町々村々を巡回し続けられたが、十二弟子もお供をした』(ルカ8章1節)
1)当時は一人一人の手元に「聖書」がある時代ではありませんでしたが、イエス様は、羊皮紙に記録されている言葉を基に、弟子達に語り、そのイエスの言動の記録が聖書として今、私達の手元にあります。
2)取税人、売春婦、異教徒、学者、ローマの兵卒、王、病人、犯罪者、イエス様は、これらの人間と向き合う場面に弟子達を立ち合わせました。
3)イエス様の教えは教室の一室で成されるようなものではありませんでした。イエス様は弟子達と旅を続けながら、ガリラヤの空気とエルサレムの空気の違いを彼らの五感を通して教えました。「荒野について」説明するのではなくて、旅を通して「荒野を」体験させました。彼らを各地に連れ行き、彼らが出会うことのなかった風土とそこに暮らす人間に向き合わせました。
「本」「人」「旅」、これらにはバランスが必要だと思われます。「読書」だけなら「机上の論理」だけで物事を語ることになり、そのことだけを続けるのなら、やがて虚しさが心を襲います。「人間」を深く知るためには「人間のガイドライン」である聖書を携え、人との出会いを大切にしなければなりません。「旅」は自分と異なる人達の生き方、考え方を発見する機会になり、己の生きている思考の狭さを認識させ、人生に謙遜と寛容を、そして可能性を与えてくれます。
「あれもこれも」の人生には無理がありますので、残りの人生、この三つのカテゴリーを心に留めていきたいなと思っています。