今年の大統領選に向け、テレビは連日、候補者の公開政策討論会を放映している。この辺り、日本人の私にはついていけない、己が主張がいかに正しいかということを強く主張する激しいやりとり、時に中傷までが繰り出されて討論がなされている。でも、国民自らが時間をかけて、その態度と表情、そして語られる言葉からこの国のリーダーを選んでいくということはとても大切なことだ。もちろん、討論中に彼らの後ろに虎の巻を差し出す官僚の姿はなく、その様は武器を持たない荒野の決闘のようだ。

よく知られている話だが、1960年、現職の副大統領だった共和党のニクソンと、上院議員だった民主党のケネディとのバトルがあり、世論調査ではニクソンが数ポイント、リードをしていた。しかし、1960年9月26日に行われたテレビで初めて放映された第一回のケネディとニクソンの討論は、顔色が良くない不健康なニクソンの顔とは対照的に、日焼けした健康そうな若干43歳のケネディーの姿が6600万人の視聴者に映し出され、このケネディーの姿が多くの人達に好感を持たれ、ディベート後の世論調査は一転してケネディが優勢となり、ケネディーは僅差で大統領に当選した。
この時以来、テレビ中継されるディベートはとても重要な役割をもつものとなった。近年のブッシュとゴアとの戦いにおいては、会場の場所や温度、演台の高さにいたるまで、細かな点にこだわって対立するようになり、それぞれディベート本番そっくりの環境と質問者まで仕立てあげ、練習が繰り返されるようになる。ゴア陣営は、会場の温度まで本番ときっちり同じにするため、聴衆の体温がどれだけ会場の温度を上げるかまで調べたという(この選挙には破れたが、この後、彼は地球の温度が気になりノーベル賞をとってしまった!人生、何があるか分からんものだ)。

あらゆる角度から一人の人間が審査される11月までの長い長いマラソン。精神と肉体の持久力も問われることだろう。
「わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」(聖書:サムエル上16章7節)
次期のリーダーを見究めたい。
マック
おいらはクリントンが選挙運動中にサタデー・ナイト・ライブでサックスを吹いてんのを見て「こいつに任せてえ!!」と思ったね。
たしん
一国のリーダーともなると以前(2007年11月27日)も書いたけど、「政治とはなんの関係もない感性」っていうものも絶対に必要なんだろうね。