先日、ある男性から電話をいただいた。その方の高齢になる父親が台湾からアメリカに旅行中、体調を崩され市内の病院で手術を受けられて、今も入院しているというのだ。台湾の高齢者の多くは日本語を話される。英語が分からないその父に日本語で語られた聖書のメッセージ・テープのようなものはないかということ。
早速、その方の入院しておられる病院を見舞った。そこには、電話をくれた息子さんと小柄ながら品のある彼の父親がニコニコしておられた。話を聞くと彼のお父様は台湾で産婦人科医をしておられ、5人の息子のうち4人も医者、一人は別の分野の博士だという。かくいう電話を下さった方はハーバードで研鑽を積み、現在、スタンフォード大学で教鞭をとっておられる大腸癌の専門医だということ。

世界には、こういう家族もいるのだなとあらためて思ったのだが、その息子さん、たいそうな経歴をもっていながら、その自分のフィールドである病院の一病室で、お父様のために祈る祈りに静かに小さな声を出しながら応えていた。
世界最高の医学を究めていながら神を畏れ、その存在に頭を垂れる。本物の賢者にお会いしたように感じた。

「主を畏れることは知識のはじめである」 旧約聖書:箴言1章7節
マック