壊れた時計も・・・私達も・・・

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これはバラバラに壊れてしまった一ドルショップで買った時計です。ここまで壊れてしまったので、もう捨てようと思っています。どう考えても一つ一つの部品が何かの役に立つようには思えないからです。

私達の人生に起きる一つ一つの出来事はこの時計の各部品のようなものなのかもしれません。それら一つ一つだけではマイナスのように思えたり、意味のない経験としてしか心に刻まれないことがあります・・・。

これらの部品を袋に入れてジャラジャラ一晩中、振ることによって翌朝、それを時計にしてしまう人はいません。でも、ここにこの時計の全てを知り尽くしている知的な存在がいるならば(この場合は時計を修理することを生業としている人がいるならば)、この部品は組み合わされて元の時計となります。そして、その時計は私にとって益あるものとなるのです。

「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにしてくださることを、私達は知っている」。新約聖書 ローマ人への手紙8章28節

私達を知り尽くしている知的存在が私達と共にはたらかれるならば、マイナスに思える私達の経験も、それらは私達にとって必要不可欠な益あるものとなるのです。

今日の礼拝ではそんなことをお話しました。

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