あの出来事があり、昨日、担当医師と話したところ(実際にこの緊急病棟の名前はDeta Doctorsといいまして・・・)、あらゆることを試みてくれたようですが、やはりメモリー君は修復が不可能だということが告げられました。
覚悟していましたが、いよいよその最期が宣告されて、寂しさが一瞬心をおおったのですが、同時に「成功報酬」であったゆえにちょっとホッとしているという・・・、なんとも悲しい自分の一面を発見しました(笑)。
この度のことで教えられたことは、かつて自分の手で打ち続けた原稿や文章というものを「もう一度、思い出して書いてみなさい」と言われてもほぼ全く思い出せないということでした。スティックが壊れた直後にひかえていた修養会のための原稿もほぼ完成していたのですが、再度同じものをと試みても思い浮かばず、全く新しく作り直しましたし、その他諸々も今、再度、新しいものを作成中です。まさしく「DELETE」されるということはこういうことなんだなと、こんな聖書の言葉を思いめぐらしています。
『わたしこそ、わたし自身のためにあなたの咎(罪)を消す者である。わたしはあなたの罪を心にとめない』(イザヤ43章25節)
かつて、この「消す」をコンピューターの「DELETE」に置き換えて語っていた父と子のメッセージは、まさしく一度、キリストの十字架によって消された罪は再び神によって思い起こされることはないというメッセージでした。
PRAISE THE LORD!
マック
修復ダメだったんですかぁ~!
あちゃぁ痛いですよね、それは。
それにしてもイザヤ43章25節の引用によるDeleteの解説は傑作です。
本日、メモリー君がアリゾナから郵送されて戻ってきました。数年間、私の思いと考えを文句言わずに全てその内に受け入れてくれたパートナーでした。今は「16Gの新人」に思いのたけを全て託しています。