四半世紀も前、神奈川の辻堂というところに住み、高校に通っていた時、よく悪友達が学校帰りに我が家に転がり込み、四畳半の汚い部屋で夕方5時から始まる「夕やけニャンニャン」を見ていた。「おニャン子」という同年代の女子高校生達が放課後にテレビに出ており、背後には秋元康のプロデュースがあり、その時代を知る者としては今、よく聞くエーケービー何某というグループの人気というものもこの流れの中にあるのだと達観している(偉そうやな~笑)。当時、とんねるずが全盛で彼らが着ていた派手派手の「K FACTORY」やら「POSHBOY」という服を着てみたくて(我ながらよく覚えているな 笑)、バイトで貯めたお金を握りしめて小田急線にのってはるばる新宿まで買いに行ったものだ。
ちょうどど同じ時期、チェッカーズという「髪の毛を切り忘れた男達」の髪型や「ワインレッドの心」を歌っていた安全地帯の玉置浩二の「半分スダレ頭」というのが我々のスタイルでまさしく「どいつもこいつも」同じ髪型をしていた(笑)。
影響力ということを考えると、人が着ていた服装とか髪型とかという影響を私達は確かに受ける。しかし、それは一時のことであり、今、もし仮にわたしが当時と同じ姿格好をしていたら(髪に関してはもはや不可能である)、人は皆、凍りつくだろう。
今から2000年以上も前、イエス・キリストという方がいた。聖書が彼の言動として記録している実際の活動期間は約三年半、12人の弟子をもちながらも最後には裏切られ、弟子達はことごとくイエスを捨て、自身、最後には当時最も忌み嫌われる十字架刑によって処刑される。
このキリストは当時もそれ以後もその着ているものや髪型によって人に影響を与えることはなかった。しかし、絶望の淵を歩いている人が希望に生きるようになったり、虚無の中に生きていた者達が生きがいと使命に輝き始めるというようなことがこの2000年来、そして現代も起き続けている。そんなの嘘だというならば、世界各地に歴然としてある教会というものは私達が見ている幻なのかということになる。
先に書いたようにキリストが生きた様から、その影響力を私達はうかがい知ることができない。しかし、事実その影響において人類史の中で彼に並ぶものは誰もいない。それは圧倒的と言ってもいい。短い人生、「エーケービー」や「つけ麵」もいいけれど、一度はこのキリストについて読んで、考えて、教会の門をたたいてみることは無駄なことではないとわたしは思う。
マック
でもさ、アメリカでは痩身・髭・ロン毛の男って一度は”Wow, you look like Jesus”って言われるし本人達もそう言われることを狙ってるフシがあるじゃない。
だからヴィジュアルの影響力も無くはないと思うよ。
俺は丸坊主にしてて「三島由紀夫、好きなの?」と言われたことあるけど。
追加:
ジョン・テイラーやサイモン・ルボンやビリー・アイドルを目指した俺の方がよっぽど恥ずかしいでしょ(笑)!
現在、ジーザスの姿かたちを知る者は誰もいないというのがいいね。姿かたちが拝まれてしまうというのはとても空しいことだからね。