ぼく、パパのようになるよ

以前、「ぼくはパパのようになるよ」というエッセーを読んだことがある。細かな内容は覚えていないが、こんな感じだったと思う。

「ぼくはパパのようになるよ」

ある日、子供が生まれた。父親は忙しく過ごしていた。朝早く仕事に行かなきゃならない。夜も遅くまですべきことがある。家に帰れば、見たいフットボールもあるし、誰にも邪魔されずにメールもチェックしたい。休日くらいゆっくり眠っていたいし、忙しければ、仕事場にも行かなければならない。「パパ、いつ帰ってくるの」「いつか分からないよ。パパは忙しいんだ。でも帰ったら遊ぼうね」

子供は父がいない間に歩くようになった。父が知らない間に子供は話し始めた。子供は言った「パパ、ぼくはパパのようになるよ」。なんとなく嬉しく父は子供のそんな言葉を聞いていた。

やがて父は引退した。息子は独立して遠くに引っ越していった。父は息子に電話をした「会いに行ってもいいかい」「父さん、そうしたいけれど、時間があったらでいいかい。新しい仕事は忙しいし、子供達は風をひいている。でも、電話で話せてよかったよ」。

受話器を置いた時、父は気がついた。息子は自分のような大人になっていた。幼い時に言っていたように息子は、自分のようになっていた・・・。

過ぎた時間は戻っては来ない・・・。

「今の時を生かして用いなさい」(聖書 エペソ5章16節)

日曜の仕事は終わった!私はこれから、家に着く15分でパスターから夫、そして父に変身する・・・。私はそんなMr. Incredibleでありたい。

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ぼく、パパのようになるよ」への4件のフィードバック

  1. 午後二時に職場を出て、15分で自宅に辿り着くのであれば、同世代の日本のサラリーマンの厳しさと比べて、己がどれだけ恵まれた状況にあるかをジーザスに感謝してもしきれないのではないですか。Mr.Incredibleの職場でのストレスと比べて、どうですか?
     

  2. う~ん。。。。
    うなずいてしまいました、いえ、うなってしまいました。。。
    「このままでは、娘たちはわたしのようになってしまう」という危機感(?)、恐れ(!?)を持ってはいるものの、毎日にダーっと流されている・・・・。
    「今の時を生かして用い」る。。。心に留めて、今日一日を歩もう。。。

  3. たしん
    いつも2時に仕事を止めていたら、ここにはおりませんがな。
    fkm1225さん
    そうですよねー。この連鎖を切る力はジーザス以外にありませんね。

  4. 子どもと向き合うということは、本当に大切なことですな。。。ただ一緒に同じ場所に、同じ時間いればいいってことではないでしょうね。心を受け止め、心を明かす。たとえ短い時間でも。。。
    人って、本当にわがまま。家族であっても自分のことばかりになってしまいやすい。神の愛がなければ、太い絆を人と結ぶのは、むずかしい。そう、思わされました。

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